2008-09-07 [Sun]
夜、学校の前を和服を身に纏った時代外れの男がゆっくりと、何かを抱えて歩いていた。何をしてるんですか、と声をかけると、男は悲しそうに微笑みながら、遠い昔に死んでしまった恋人を弔いに行くのだと答えた。大事そうに優しく抱えた人の頭程ある荷物に頬を寄せて、まるで恋人にすがる少女の様な表情を浮かべた。月の様に薄い金色をした長い髪はそれを隠すように垂れ下がり、男の顔に一層の影を与える。一体その腕に抱えたその荷物は何なのだろうか。何も言えずに黙り込んでいると、男は伏せがちの瞳をこちらに向けた。金と緑が絶妙に入り交じったその色には妙な魔力がある様で、かちりとはまったみたいに交わされた視線を外すことが出来なくなった。異常な程白い肌に覆われたその身体を容赦なく月明かりが照らし、青白くぼんやりと光っている。何気なく、恋人さんが亡くなってからもうずいぶん経つんですかと訪ねてみた。男は再び荷物に眼を落として、百を越えてからは数えていませんと呟いた。少なくとも百日は経った、ということなのだろうか。私には男の言う「百」の本当の意味が理解出来なかった。彼を還しに行くのだと、そんな事を呟いたので私は思わず荷物を凝視してしまった。可笑しいと思うでしょうと男が自嘲気味に呟いたが、私はちっともそんな事を思っていない。それはむしろ美しいくらいだ。男がそろそろ行かなければと言ったので、私はさようならと一言口にする。男も虚ろに微笑んでさようならと言うと、闇の向こうに広がる終わりへと足を運んで行った。
早朝、店の前で大きなトランクを引き摺って歩く少女を見かけた。交差したヘアピンでしっかりととめられた前髪は歩けど歩けど揺れることはなく、少女の姿にはあまりに不釣り合いに思える。学校にでも向かうのだろうか、制服を着用している。あのトランクは何だ、修学旅行とでもいうのか。軽々しくそれを引きずる少女の瞳は酷く揺らいでいた。不意に眼が合ったので、旅行ですか、と声をかけると、ちょっと来世まで、と返ってきた。久々に聞いた来世と言う言葉のせいか、むず痒い喜びが私の胸を渦巻いて、思わず少女に近寄っていた。手にしたトランクはやはり空のようで、私が黙って見つめていると、少女は脈絡もなく声を出して笑い始めた。どうしたんですかと口をつくと、荷物はこれから迎えに行くんです、と口走った。なるほど、と理由も聞かずに納得していると、荷物が大きすぎて入るか不安だと言い出した。ならばうちに大きなトランクがあるので差し上げましょうかと申し出たがやんわりと断られてしまった。少女は今から恋人を迎えに行くのだと言う。電車に乗るらしいが恐らく一人だろう。澄みきった笑顔の少女に私が言える事など何もない。ただ美しい旅立ちを見送って差し上げよう。よい旅を、来世はきっと良い処ですよ。ありがとうございます、時間がないのでこれで失礼します。少女はトランクを引き摺りながら朝の深い闇の中を歩いて行く。その先にあるのはただ何もない絶望だった。
早朝、店の前で大きなトランクを引き摺って歩く少女を見かけた。交差したヘアピンでしっかりととめられた前髪は歩けど歩けど揺れることはなく、少女の姿にはあまりに不釣り合いに思える。学校にでも向かうのだろうか、制服を着用している。あのトランクは何だ、修学旅行とでもいうのか。軽々しくそれを引きずる少女の瞳は酷く揺らいでいた。不意に眼が合ったので、旅行ですか、と声をかけると、ちょっと来世まで、と返ってきた。久々に聞いた来世と言う言葉のせいか、むず痒い喜びが私の胸を渦巻いて、思わず少女に近寄っていた。手にしたトランクはやはり空のようで、私が黙って見つめていると、少女は脈絡もなく声を出して笑い始めた。どうしたんですかと口をつくと、荷物はこれから迎えに行くんです、と口走った。なるほど、と理由も聞かずに納得していると、荷物が大きすぎて入るか不安だと言い出した。ならばうちに大きなトランクがあるので差し上げましょうかと申し出たがやんわりと断られてしまった。少女は今から恋人を迎えに行くのだと言う。電車に乗るらしいが恐らく一人だろう。澄みきった笑顔の少女に私が言える事など何もない。ただ美しい旅立ちを見送って差し上げよう。よい旅を、来世はきっと良い処ですよ。ありがとうございます、時間がないのでこれで失礼します。少女はトランクを引き摺りながら朝の深い闇の中を歩いて行く。その先にあるのはただ何もない絶望だった。
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