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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2008-04-05 [Sat]
「神様なんてね、所詮私達を家畜としか思ってないんですよ」
 そんな言葉が彼女の口から出て来るなんて意外だった。将来神になりたいのではなかったのか? ポロロッカ星人は? あれは神ではないのか。もしかして人間を蔑みたいとでもいうのだろうか。
「先生、例えば貴方が羊飼いだとして、私達生徒が羊だと思ってください。大量の羊を人間がまとめるのは大変です。先生は必死なのに私は身勝手にどこかに行ってしまう。なら探しに行きますか? 行かないでしょう。だってまだたくさんの羊達が手元に残っているんです。その子達だって放っておけばどこに行ってしまうか分からないんですから。一匹の為に多くを失うかもしれないリスクなんて背負いたくはないでしょう。つまりはそういう事なんですよ。神様は大勢の人間を導くために、一人を特別に助けたりはしないんです。そういう事なんです。たくさんいる中でたった一人を特別に思ったりはしないんです。ねぇ」
 そうでしょう? とこちらに向けられた眼に、何か奥の方に密んでいる靄ががった物が貫かれた気がした。彼女は教室の一番後ろの窓を開けると、どこか遠くを見るような眼を外に向けた。
「たった一人が特別に思われるような世界なんてどこにも無いんです」
 近くにあった椅子を引き、それを足場にして内側に向いたまま窓枠に腰掛けた。
「危ないですよ」
「大丈夫ですよ」
 私は今にも落ちそうな体勢の彼女に手を差し伸べたが、彼女はそう切り捨てるように言ってその手を取ろうとはしてくれなかった。それでも私は手を差し伸べたまま黙って彼女をまっすぐ見つめていた。やがて彼女はいつものようにくすりと笑うと、私の手を勢いよく叩き落とした。
「一人を特別になんて思っちゃダメなんですよ」
「どうしてですか?」
「その代償に多くを失う可能性があるからです」
「いつからそんな保守的になったんですか?」
「いつからでしょう、前からかもしれません」
 こんな自虐的な彼女を見るのは初めてだ。私は落とされた手をどうすることも出来ず、ただ呆然と彼女を見つめるしかなかった。
 彼女はこちらを見ることも無く、ただ悲しい笑みを顔に貼り付けたまま夕暮れに染まった外の世界を眺めていた。外から吹き込む風が彼女の髪をさらうように揺らし、その表情を隠していく。
「私は」
 彼女はこちらを向かなかった。
「私は貴方を特別だと思ってますよ」
 その時の彼女は確かに笑っていた。わずかに見えた口元が緩く笑みを浮かべている。
 そのまま彼女も何も口に出さなかった。微かに響く、時を刻む秒針の声がやたらと耳に痛く感じる。先程よりも一層茜に染まった空は教室まで飲み込んで私達の世界を奪っていく。
「先生?」
 こちらに向き直ってくれた彼女は、今まで誰にも見せたことの無いような満面の笑みを浮かべていた。
「羊飼いは嘘を付くものですよ」
 そのまま、ゆっくりと、後ろへ倒れこんで行く。まるで演舞でも見ているかのような美しい瞬間だった。
 彼女の姿が世界から消えると同時に窓から伸ばしたこの手を、彼女は。
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