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2008-09-25 [Thu]
うふふ、うふふ、その少女は男を取り囲んでふわふわと笑った。くるり、くるり、ふわふわり。正反対の表情を浮かべた少女達はどこか楽しそうに見える。
くるり、くるり、黒い髪の少女が男の左肩にそっと私の方に手を置いて、耳元にそっと唇を寄せる。
「アンタのせいだよ、分かる?」
その声は男の体を貫くのに十分な冷たさを持っていた。ぴちゃり、と舌の蠢く音が聞こえる。僅かな息づかいに全てが拘束されてしまったようだった。
白いワンピースを見に纏った少女は、ひらひらと裾を靡かせながら男の喉に手を伸ばす。凍りついたままの声帯を握りつぶすように、華奢な白い指を姿に似つかわしくない力でぎりぎりと締め付けてきた。
「幸せだったのに、それだけでよかったのに、どうして」
「アンタが全部ぶち壊した」
「お兄ちゃんを返して」
「アンタのために一兄はいなくなった」
ふわふわ、ふわふわ、ひらり、ひらり。幼い嗚咽に狂った笑い声が絡み付く。もうどちらの少女がどんな表情をしているのかさえ男には分からない。ただ確実な憎悪だけがこの世界を取り巻いていた。
ひらひら、けらけら、アンタなんて、アンタなんて。
死んじゃえばいいのに。
からから、けらけら、そうですねそうですね、死んじゃえばいいのに、そうですよねそうですよね、消えちゃえばいいのに。
死んじゃえばいいのに。
そうですね。
死んじゃえばいいのに。
そうですね。
でも一兄はそんなこと望まないんだ。
ふわり、ふわり、少女は今日も男を取り囲む。その優しげな唇から呪いの歌をこぼしながら。
くるり、くるり、黒い髪の少女が男の左肩にそっと私の方に手を置いて、耳元にそっと唇を寄せる。
「アンタのせいだよ、分かる?」
その声は男の体を貫くのに十分な冷たさを持っていた。ぴちゃり、と舌の蠢く音が聞こえる。僅かな息づかいに全てが拘束されてしまったようだった。
白いワンピースを見に纏った少女は、ひらひらと裾を靡かせながら男の喉に手を伸ばす。凍りついたままの声帯を握りつぶすように、華奢な白い指を姿に似つかわしくない力でぎりぎりと締め付けてきた。
「幸せだったのに、それだけでよかったのに、どうして」
「アンタが全部ぶち壊した」
「お兄ちゃんを返して」
「アンタのために一兄はいなくなった」
ふわふわ、ふわふわ、ひらり、ひらり。幼い嗚咽に狂った笑い声が絡み付く。もうどちらの少女がどんな表情をしているのかさえ男には分からない。ただ確実な憎悪だけがこの世界を取り巻いていた。
ひらひら、けらけら、アンタなんて、アンタなんて。
死んじゃえばいいのに。
からから、けらけら、そうですねそうですね、死んじゃえばいいのに、そうですよねそうですよね、消えちゃえばいいのに。
死んじゃえばいいのに。
そうですね。
死んじゃえばいいのに。
そうですね。
でも一兄はそんなこと望まないんだ。
ふわり、ふわり、少女は今日も男を取り囲む。その優しげな唇から呪いの歌をこぼしながら。
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2008-09-12 [Fri]
兄貴と俺は似ていない。俗にいう二卵性の双子なので瓜二つではないのは当たり前だ。ただそうではない、本当に兄弟か疑われるくらいに似ていないのだ。
それは生まれた瞬間から始まっていて、俺は世にも珍しいオレンジの頭、兄貴は見る者を惑わすような月色の髪を持っていた。小さな頃は色だけだったが、成長するにつれて顔立ちや体格なんかも違いがはっきりして来て、いつまでも年相応に子供っぽい凡庸な俺と実年齢以上に大人びて見える天才の兄貴との間には、いつのまにか大きな溝が出来てしまっていた。
どこぞやの少女漫画のような昼メロ的過去を疑ってみた時期もあったが、それはただの杞憂なのだとDNAが物語る。不安に思った親父が俺達を調べてからもう三年は経ったはずだ。
けれど生まれてしまったものはどうしようもなく、俺達はぎこちないまま同じ大学へと進学した。
家を出るにあたってせめて部屋は別にしてほしかったが、そういうわけにもいかないのだろう。
兄貴がわざと第一志望に落ちて俺と同じ大学に来たことなんてとっくに知ってる。兄貴はそういう男だ。誰よりも頭が良くて、器用で、生きて行くのに必要な物を全部兼ね揃えているのに完璧には似つかわないような物に執着する。俺は兄貴のそういう所が大嫌いだ。
「またかよ……」
嫌味か?嫌味なのか?扉の向こうで固いチェーンが俺の侵入を拒んでいる。兄貴が女を連れ込む際の取り決めの一つだ。何だよ俺帰って来たのにどーすんだよめんどくせぇじゃねーかメールしろよ馬鹿。
仕方なく近場のチャドにでもメールしようと携帯を取り出したが何だか妙にだるくて、壁を背にコンクリートに座り込んだ。身体中がひんやりして気持ちが悪い。
「……つまんねぇの」
鞄に携帯をしまい込むと、膝を立て踞った。何がつまらないのかとかもうどうでもよくて、あの教授の授業がわけわかんねーとかバイト先の店長ムカつくとか、本当にどうでもいい事ばかり考えていると少しずつ瞼が重くなって来て、扉が開くような音が聞こえて。
それから先は、覚えていない。
「あら」
「うぉ」
何で眼の前にコイツがいるんだ?つーか俺はいつの間にベッドに入った?夢遊病か?
「何で兄貴横で寝てんだよ」
「あら、そんなに嫌な顔しなくっても。昔はよく一緒にお昼寝したじゃないですかぁ」
「馬鹿じゃねぇの?」
「たまにはいいじゃないですかー」
そう言って兄貴は俺の腰に手を絡めてくる。え、変態?何て言うかウザいこの人。
「放せ馬鹿兄貴!」
「一護さんてばヒドイっ、アタシだって人肌が恋しくなる時があるんですー」
俺の知らない誰かと愛し合って間もないのに?兄貴はいつも俺を馬鹿にする。すねた振りをして兄貴に背中を向けた。俺だってもう子供じゃないし、それに兄貴の事は、全部、知って。
「一人で寝るのって、寂しいじゃないですか、独りなんて」
嘘つき、うそつき。いつもいつも独りになろうとする癖に。兄貴が女なんて連れ込んでない事はとっくに気付いていた。誰かを愛す振りをして俺を遠ざけて、ただ深い闇の中でひっそりと孤独を愛しているのだ。
「やっぱりね、一護が一番落ち付くんだ」
そう呟きながら俺を抱き締める兄貴は、きっと誰にも見せた事のないくらい穏やかな笑みを浮かべているのだろう。
止めてくれ、放してくれ。俺は兄貴の事なら何だって知ってるんだ、隠してることも全部気付いてるんだ、でも。
一番奥に潜む感情は気付いてはいけないんだ。
それは生まれた瞬間から始まっていて、俺は世にも珍しいオレンジの頭、兄貴は見る者を惑わすような月色の髪を持っていた。小さな頃は色だけだったが、成長するにつれて顔立ちや体格なんかも違いがはっきりして来て、いつまでも年相応に子供っぽい凡庸な俺と実年齢以上に大人びて見える天才の兄貴との間には、いつのまにか大きな溝が出来てしまっていた。
どこぞやの少女漫画のような昼メロ的過去を疑ってみた時期もあったが、それはただの杞憂なのだとDNAが物語る。不安に思った親父が俺達を調べてからもう三年は経ったはずだ。
けれど生まれてしまったものはどうしようもなく、俺達はぎこちないまま同じ大学へと進学した。
家を出るにあたってせめて部屋は別にしてほしかったが、そういうわけにもいかないのだろう。
兄貴がわざと第一志望に落ちて俺と同じ大学に来たことなんてとっくに知ってる。兄貴はそういう男だ。誰よりも頭が良くて、器用で、生きて行くのに必要な物を全部兼ね揃えているのに完璧には似つかわないような物に執着する。俺は兄貴のそういう所が大嫌いだ。
「またかよ……」
嫌味か?嫌味なのか?扉の向こうで固いチェーンが俺の侵入を拒んでいる。兄貴が女を連れ込む際の取り決めの一つだ。何だよ俺帰って来たのにどーすんだよめんどくせぇじゃねーかメールしろよ馬鹿。
仕方なく近場のチャドにでもメールしようと携帯を取り出したが何だか妙にだるくて、壁を背にコンクリートに座り込んだ。身体中がひんやりして気持ちが悪い。
「……つまんねぇの」
鞄に携帯をしまい込むと、膝を立て踞った。何がつまらないのかとかもうどうでもよくて、あの教授の授業がわけわかんねーとかバイト先の店長ムカつくとか、本当にどうでもいい事ばかり考えていると少しずつ瞼が重くなって来て、扉が開くような音が聞こえて。
それから先は、覚えていない。
「あら」
「うぉ」
何で眼の前にコイツがいるんだ?つーか俺はいつの間にベッドに入った?夢遊病か?
「何で兄貴横で寝てんだよ」
「あら、そんなに嫌な顔しなくっても。昔はよく一緒にお昼寝したじゃないですかぁ」
「馬鹿じゃねぇの?」
「たまにはいいじゃないですかー」
そう言って兄貴は俺の腰に手を絡めてくる。え、変態?何て言うかウザいこの人。
「放せ馬鹿兄貴!」
「一護さんてばヒドイっ、アタシだって人肌が恋しくなる時があるんですー」
俺の知らない誰かと愛し合って間もないのに?兄貴はいつも俺を馬鹿にする。すねた振りをして兄貴に背中を向けた。俺だってもう子供じゃないし、それに兄貴の事は、全部、知って。
「一人で寝るのって、寂しいじゃないですか、独りなんて」
嘘つき、うそつき。いつもいつも独りになろうとする癖に。兄貴が女なんて連れ込んでない事はとっくに気付いていた。誰かを愛す振りをして俺を遠ざけて、ただ深い闇の中でひっそりと孤独を愛しているのだ。
「やっぱりね、一護が一番落ち付くんだ」
そう呟きながら俺を抱き締める兄貴は、きっと誰にも見せた事のないくらい穏やかな笑みを浮かべているのだろう。
止めてくれ、放してくれ。俺は兄貴の事なら何だって知ってるんだ、隠してることも全部気付いてるんだ、でも。
一番奥に潜む感情は気付いてはいけないんだ。
2008-09-11 [Thu]
ほら、と彼は自分の腕を臆しもせずもぎ取った。外した、と言った方が正しいのか。彼はその左腕を私に向けるので思わずまだ体温の残るそれを受け取ってしまった。
穴が開く程じっくりと眺めてみたが、それは確かに彼の腕だった。病的に白い色も僅かな綻びも許さない美しい肌も造り物のようだったが、間違いなく生きている人間の物だ。
「巧いものだね」
まるで機械のように鉄に覆われた接合部を指で辿りながら言うと、彼はいつもとは違い、やんわりと微笑んだ。
「ええ、義骸にも応用してるんですよこれ。今だったらもっと綺麗に造れるんですけどね」
「これでもまだ未完成だとでも言うのかい?」
「そうですね……外して三日で限界が来ますから。それ以上外しておくと腐っちゃうんですそれ。でも今の技術なら永久的に外しても大丈夫なように出来るんすよ」
そう言いながら彼は次々に自分の身体を外していく。まるで簡単な機械でも分解するかのような手際の良さで、右足、左足と身体から失われる。やがて胴体には右腕と首だけが取り残され、座っていたはずの彼はぱたりと倒れた。
「上手く立てないのが難点ですかねぇ」
それ、もっと細かく出来ますから。そんな事を口にしながら転がった右足に手を伸ばそうとする。私は右足を掠め取ると、彼の手の届かない所へと放り投げた。
「ちょ、戻れないじゃないっすか」
「関係ない」
軽くなってしまった彼の身体を起こしてそのまま抱き抱えた。彼は落ちないようにと必死で残った右腕を私の背中に絡めて来る。このまま行為に及んでも楽しいかもしれないなんて、私も大概狂っている。
「返さなきゃ駄目かい?身体を」
君の身体ならば腐ってもなお愛せる。
穴が開く程じっくりと眺めてみたが、それは確かに彼の腕だった。病的に白い色も僅かな綻びも許さない美しい肌も造り物のようだったが、間違いなく生きている人間の物だ。
「巧いものだね」
まるで機械のように鉄に覆われた接合部を指で辿りながら言うと、彼はいつもとは違い、やんわりと微笑んだ。
「ええ、義骸にも応用してるんですよこれ。今だったらもっと綺麗に造れるんですけどね」
「これでもまだ未完成だとでも言うのかい?」
「そうですね……外して三日で限界が来ますから。それ以上外しておくと腐っちゃうんですそれ。でも今の技術なら永久的に外しても大丈夫なように出来るんすよ」
そう言いながら彼は次々に自分の身体を外していく。まるで簡単な機械でも分解するかのような手際の良さで、右足、左足と身体から失われる。やがて胴体には右腕と首だけが取り残され、座っていたはずの彼はぱたりと倒れた。
「上手く立てないのが難点ですかねぇ」
それ、もっと細かく出来ますから。そんな事を口にしながら転がった右足に手を伸ばそうとする。私は右足を掠め取ると、彼の手の届かない所へと放り投げた。
「ちょ、戻れないじゃないっすか」
「関係ない」
軽くなってしまった彼の身体を起こしてそのまま抱き抱えた。彼は落ちないようにと必死で残った右腕を私の背中に絡めて来る。このまま行為に及んでも楽しいかもしれないなんて、私も大概狂っている。
「返さなきゃ駄目かい?身体を」
君の身体ならば腐ってもなお愛せる。
2008-09-10 [Wed]
熱を持った白い身体を舐めて、舐めて、それでも足りないと言わんばかりに身体を震わせる。
その子供はただ緩やかに生きようとしていた。しかし同時に穏やかな死を望んでいるようにも見えた。子供に聞いてもただ横に首を降るばかりで真実を口にしようとはしない。おそらく彼は怖いのだ、何かが、全てが。
私はこの子供の為なら何だって出来る。
「ねぇ知ってますか、毒を持つ少女の話」
耳を甘く噛みながらそんな事を言ってみる。敏感に身体を跳ねさせると、不機嫌そうな顔をこちらに向けて来た。真っ直ぐな視線が痛い。
「昔ね、猛毒に慣らした女性の身体に毒を仕込んで、他国の王様に献上する、なんて事があったらしいですよ」
「何だそれ、俺が毒だって言いたいのかよ」
「いーえまさか、むしろ良薬です。それに毒と言うより麻薬でしょう、君は」
麻薬?と彼が首をかしげた気もするが、わざと気付かない振りをして行為を進める。首を噛むと苦痛の様な喘ぎが上がる。
ゆっくりと体内に染み込んだ毒は、彼を苦しめる事なく死に至らしめる。舌から染み出た猛毒が、じわりじわりと彼の身体を支配していた。
キスをすれば口から、指を舐めれば手から、もっと下も、全身から。私は彼の為なら何だって出来る。さよなら、さよなら、愛しい貴方。お願いだからもう苦しまないで。掠れた喘ぎから徐々に生気が抜けて来た。
その身体は、ゆっくり、ゆっくり、死に向かう。
その子供はただ緩やかに生きようとしていた。しかし同時に穏やかな死を望んでいるようにも見えた。子供に聞いてもただ横に首を降るばかりで真実を口にしようとはしない。おそらく彼は怖いのだ、何かが、全てが。
私はこの子供の為なら何だって出来る。
「ねぇ知ってますか、毒を持つ少女の話」
耳を甘く噛みながらそんな事を言ってみる。敏感に身体を跳ねさせると、不機嫌そうな顔をこちらに向けて来た。真っ直ぐな視線が痛い。
「昔ね、猛毒に慣らした女性の身体に毒を仕込んで、他国の王様に献上する、なんて事があったらしいですよ」
「何だそれ、俺が毒だって言いたいのかよ」
「いーえまさか、むしろ良薬です。それに毒と言うより麻薬でしょう、君は」
麻薬?と彼が首をかしげた気もするが、わざと気付かない振りをして行為を進める。首を噛むと苦痛の様な喘ぎが上がる。
ゆっくりと体内に染み込んだ毒は、彼を苦しめる事なく死に至らしめる。舌から染み出た猛毒が、じわりじわりと彼の身体を支配していた。
キスをすれば口から、指を舐めれば手から、もっと下も、全身から。私は彼の為なら何だって出来る。さよなら、さよなら、愛しい貴方。お願いだからもう苦しまないで。掠れた喘ぎから徐々に生気が抜けて来た。
その身体は、ゆっくり、ゆっくり、死に向かう。