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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2008-08-06 [Wed]
 はい、と眼の前にいるこいつは顔色一つ返る事なくそれを投げてこちらによこした。妙にかさかさとした手触りの汚い茶色をしたそれが何か一瞬分からなかったが、どうやらここ最近流行っているような布とゴム製の髪留めらしい。何でこんなものを、そんなこと聞かなくとも解っている。ただそれはこいつなりの気遣いと暗示のつもりなのだろう。俺はあの娘の事が好きだったから。
「お前がやったの?」
久藤は乱暴に机に座って、いつもはきちんと伸ばしている背筋を妙に丸めてしばらく俯いたままでいたが、やがてゆっくり一度だけ頷いた。俺はそうか、一言事呟いたきり自分からは口を開こうとしなかった。
綺麗に茶色く染まったかのように見えた髪留めのわずかな隙間にほんの少し、あの娘を表すのに最も相応しい色がちらりと見えた。こんなに目立つ色を付けるなんて珍しい。いつもは単色のヘアゴムだったのに。 彼女は汚れを知らない真っ白な少女だった。この澱んだ世界で唯一神の加護を受けるに相応しいほどに澄みきった心を持っていた。なのに何故、どうして一つとして罪の無い彼女が神に裏切られなければならないのだろう。
「木野が殺りたかったんだろう?」
不意に久藤が虚ろな目をこちらに向けてそんな事を呟いた。濁った双眸が俺を映しているなんて到底思えない。こいつは俺にあの娘を重ねてさらにその上に別の少女の面影を見ている。同情する理由もなければ余地もない。俺たちはただこうやって大切な人を手にかけていくだけだ。
もうまともに機能すらしていない見慣れた学校のちっぽけな教室に乱雑に並んだ机の幾つかには、小さな花瓶に誂えた花が飾られていた。幾つかは萎れ、枯れ果てたものさえ見受けられる。最初は誰だっけ、もうその顔さえも記憶にはないのに肉を断つあの感触だけは覚えている、忘れることなんて出来やしない。俺達が全てから解放される日は死ぬまで来ない事はすでに判っていた。
「あの娘が選んだのはお前だろ」
「違う、きっと誰でもよかったんだ、木野以外なら」
そんなに嫌われてたんだ俺。最後の幸福を得たあの娘が少しでも自分の感情を吐き出せたのだと思うと、嬉しさを通り越して悲しくなって涙が溢れてきた。
「木野?」
「…お前は?」
「何」
「再殺してやりたかった娘がいるだろ?」
大切だったんだろ、久藤にとって。言葉は最後まで口を通らずに喉の奥へと帰って行った。久藤はああ、と呟くと、まるで独り言でも言うかのように僅かに声を出した。
「あの娘が選んだのは、僕じゃない」
知っているさ、そんなの知っている。けれどお前は選びたかったのだろう? こんなにも愛しく思っているのに何故神様は僕らにまで残酷なのですか?
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