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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2008-08-08 [Fri]
 ああ、可愛いな、可愛いよ千里。何であんたはこんなに可愛いんだろう。本当に可愛い。いつものきっちりしたあんたも可愛くて好きだったけど今の自由なあんたも大好きだよ。前髪を横に流すとこんなに大人っぽく見えるんだ、知らなかった。千里は今までにないくらい楽しそうにはしゃいでいる。柄にもない。ほらまたもう何やってんの危ないでしょ―――まったく聞いちゃいない。
 千里がニアデスハピネスを発祥したのはつい一昨日の夜の事だった。あの時千里はいきなり私の部屋の窓から顔を出して、私を殺して! と叫んだと思うとケタケタと笑い出した。ああ、ついにこの子にも最後の時間がやって来てしまったのか。インクをたっぷり含んだペンが描きかけの原稿の上にことりと落ちて、真っ黒な染みがゆっくりと広がって行く。その手を取って最期を二人で過ごす事に何のためらいもなかった。
「ほら千里、戻って来なよ。そろそろ潮が満ちてくるよ」
 干潮を迎えた海の浅瀬で楽しそうに水遊びをするあの子はまるで幼い妹のようで、どうも見ていて危なっかしい。さっきから大きな岩場に登ろうと躍起になっているようで、途中まで登っては滑り落ちるという事をひたすら繰り返している。頭打って死んだらどうするの、私泣くよ? それでも普段なら必死で止めるだろうけどあの子の表情を見てると躊躇われた。
「ねぇ晴美、こっち来なさいよ、一緒にやろうよ」
「嫌よ濡れるもん…それより結構潮が満ちてきたよ?」
「はーい」
 ぱしゃぱしゃ水を跳ねながらこちらに駆け寄ってくる。沈み始めた太陽はまだ眼に痛かった。夕日を背にして千里は私の前に立つと、最上級の幸福を得て笑った。
「さよならよ晴美、もうすぐさよなら」
 そう言いながら千里は自分の持って来たリュックを指差した。あの中に入ってる物なんて見なくても想像が付く。出来れば使いたくないけれど仕方ない、私の義務でありこの子の願いなのだから。私は千里が幸せになるためなら何だって出来る。私はリュックの口を開いてライダーマンの右手を取り出すと、起動はさせずにその刃で千里の喉元をなぞった。ああ、白くて綺麗。可愛いなあ。
「あははは、晴美ってば気が早いね」
「だってもうすぐでしょ? あとどのくらい一緒に居れるの」
「多分夕日が沈んだら終わりかな」
 沈むまで? もう後何分もないじゃない、千里のバカ、もっと一緒に居たかったのに。
「晴美」
「何?」
「大好きだよ」
「そんなの…!」
 ずるい。そうだいつだって千里はずるいんだ。いっつも先を歩いてて、先に幸せになっちゃって、今だって先に、
「好きだよ」
 なんて、ずるい。緩んだ涙腺を必死で閉じながら掠れた喉を無理矢理震わせてやっと言えた一言だった。千里はますます幸せそうな笑みを浮かべた。
「晴美、ごめんね、大好きだよ」
 それが千里の最期の言葉だった。真っ白な砂の上に倒れた千里はまるで純白のドレスを纏った花嫁に見えて、なら早く誓いのキスをしなきゃなんてバカなことを考えて、考えすぎて何だか笑えて来た。
「あはは、あはははっ、ほら千里、早くキスしよう? ずっと一緒だよ?」
 早く起きてよ、キスしなきゃ。それとも目覚めるには王子さまのキスが必要? 私はそっと千里の唇にキスを落とすと、ライダーマンの右手を抱え直して起動させた。呪われてしまった可愛そうなお姫様を解放出来るのは私だけだ。愛しい人の身体を刻む。それが私の願いであり彼女の望みだ。
 ちっとも悲しくなんてなかった。ただただ幸せだった。
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