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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2025-05-15 [Thu]
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2008-12-17 [Wed]
 自殺癖のある男だった。背が高くて細くて色が白くて何所か影のある、所謂薄幸の美青年であるその男は繁華街の外れに仰々しく佇む高級マンションに暮らしていて、気が向いた時に尋ねてみれば首を吊っていたり手首を切っていたり睡眠薬のオーバードーズなんていつもの事で、果ては一時期話題になったナントカ水素を発生させてみたりと何ともまあお騒がせな奴だった。
 しかも何故だかこちらが尋ねるタイミングを見計らったかのように自殺行為をしてみせる。一種の歓迎のつもりなのだろうか。
 一度いつも持ち歩いているはずの合鍵が見つからず入るのに手間取った事があったのだがその時は酷かった。数分かけて鞄の底から発見したはいいが、上がりこんでみれば何待たせてるんですかと言わんばかりに湯船が真っ赤に染まっていた。もう何十回と付き合っているが病院沙汰になったのはあれっきりだ。
 さすがにもう死んだと思ってやっと解放されると安堵したのにしぶとく生き残りやがって、しかも目覚めて早々へらへら笑いながら死ぬかと思いましたなんて言うもんだから思わず鼻っ柱をへし折ってしまった。もう何十回と喧嘩もしているが警察沙汰になりそうだったのはあれっきりだ。
 そして今日もまた男は自殺に興じる。いつものようにチャイムも鳴らさず勝手に部屋に上がりこむと、リビングの端っこで程よい高さの台に乗り、天井から吊るされたロープで結われた輪の中に首をかける瞬間の男と遭遇した。
 眼が合った。
「……後は台を蹴れば完成?」
「まあそんなとこです。蹴ります?」
「いや遠慮しとく。それより喉渇いたんだけど」
「コーヒーならありますよ」
「ミルクとあと砂糖も頼むわ」
 すんなりと台から降りてくれたので、コーヒーを用意してくれている間にロープを解いて台を片付ける。簡単に心変わりするくらいならいっその事そのままどちらかに傾いて欲しい。
「どうぞ」
 出て来たのは有り触れたインスタントコーヒーだった。やたら高価そうなカップとソーサーとは妙なバランスを保っている。男の淹れる物は実家で父親がこだわっていた物より若干薄くてミルクが多い。適当に座り込んで熱いそれに口を付けながら男の様子をちらりと窺ったが特にこれといって変わりはない。強いて言うなら手首の傷が少し増えたくらいだ。よく見ると男のシャツの胸ポケットから切れ味鋭い剃刀が顔を覗かせていた。
「もう少しで死ねたんですけどねぇ」
「助けなきゃそれはそれで怒るだろ」
「どうでしょうね」
 すまし顔でコーヒーに口を付ける。コーヒーに何か仕込まれているのではないかという考えが一瞬だけ脳裏を過ぎったがそれはありえないだろう。一瞬で死ねるような、例えば青酸カリのような劇薬など使うわけがない。基本的に臆病なのだ、この男は。その証拠に未だすましたままコーヒーを啜り続けている。いっその事カフェインの過剰摂取で死ねばいいのに。
「ていうか他にバリエーションは無いわけ」
「じゃあ紅茶でも買っときますよ」
「だったらアールグレイがいいんだけどそういう事ではなくて」
「ああ、そりゃ放火して焼死とかでもいいんですけど、ちょっとリスクが高いし第一他人様に迷惑かけるじゃないですか」
 硫化水素は迷惑の域に分類されないようだ。この男の頭の中では他人様よりも自分の方が優先されるのは間違いない。
「そんなに死にたきゃ静かな所で死ねばいいだろ」
「だからこうやって静かな所でひっそり死のうとしてるじゃないですかぁ。邪魔してるのは君でしょ?」
 繁華街の喧騒に塗れた誰もが羨む高級マンションの一室というのは、一般的にひっそりとした場所として認識されていると考えていいものなのだろうか。空になったカップの底に溜まった砂糖の欠片を見つめながら考えていた。
「第一発見者になってやろうと思って」
 立ち上がった男にカップを手渡すと、そのままキッチンへと向かっていった。かちゃかちゃと陶器の触れ合う音とそれを操る男の後ろ姿をぼんやりと見つめながら無機質なフローリングに転がった。
「要りませんよそんなもの」
 男にこんな暮らしをさせておいて顔すら見せないようなパトロンが何をしているのかはちっとも知らない。少なくとも顔を見たことはないし、会っている様子もない。初めは寂しいのだろうと思っていたのだが徐々に違うような気がして来た。男が求めている物は金とか愛とかそういう範疇を遥かに超越しているのだ。
「なおの事樹海でも行けよ、コンパス持って」
「面倒じゃないですか」
 自殺未遂を繰り返すよりはよっぽどマシな気もするのだが。気付けばまたロープを取り出して天井から吊るそうとしているではないか。さすがに眼の前で一から自殺行為を見せられるのは気分が悪い。垂れ下がった先に小さな輪が出来上がった辺りで止めようと身体を起こすと、男はまるでおもちゃを見つけた小さな子供のような顔をこちらに向けて来た。
「練習させてくださいな」
「練習?」
「そ、練習。今のままじゃ死に切れないって事がよく解ったんです。だから練習させてください」
 アナタの首で。そう簡単に言ってのける男は心底楽しそうだった。もう何十回とこの部屋を訪れているが、帰れないなんて思ったのはきっとこれっきりになるだろう。
 まるで男の魔の手に落ちたかのように身体はぴくりとも動かない。抵抗も反論も許されないままゆっくりと首に輪がかけられる。男の手は美しかった。あらためて間近で見ると、瞳も、鼻も、肌理細やかな肌もそのバランスの全てが美しいのだ。形の良い唇が優しく別れの言葉を囁く。今度こそ本当に彼の自殺癖から解放されるのかと安堵した瞬間ロープが強く引かれた。
 自身を含めた殺人癖のある男だった。
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