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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2025-05-15 [Thu]
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2008-12-17 [Wed]
「もう、どうしていつも隊長はそうなんですか!?」
 隊舎中に響き渡るような大声で怒鳴りつけるのもいつもの事だった。どうして彼はいつもこうなのだろう。何故いつもまともに受け答えすらしてくれないのだろう。今だって適当にははは、と笑いながら酒をたしなんでいる。まだ昼間だというのに、というのもいつもの事だった。
 粋なつもりか常に羽織っている女物の派手な着物を床に敷いてその上に転がり、長く結わえた髪に刺された簪を取るとおもむろにこちらに向けて来た。
「七緒ちゃんもさあ、そんな仕事ばっかしてないでたまにはおしゃれとかさ、いろいろ楽しんでみたらどう?」
「なら私が少しでも自由になるように真面目に働いて頂けますか」
 紳士を気取っている割に女心を知らない男なのだ、彼は。前々から解っていた事ではあってもやはりそれなりに傷付くもので、簪を乱暴に取り上げて放り投げるとようやくまともに取り合ってくれる気になったのか、よっこらしょと面倒そうに身体を起こした。
「あーあ。あれ高かったのに」
「高いものを所望するならそれ相応の働きをして頂きたいと言ってるんです! もう、私がいなくなったら如何なさるおつもりですか!?」
 不意に右手首を強く掴まれたかと思うと、考える間もなく次の瞬間にはもう広い胸の中にすっぽり収まってしまっていた。何が何だか理解しようと頭を上げると、抱きしめられるように大きな掌で押さえ込まれる。
 男の人の匂いがする。そんな物知る訳が無いのにそう感じたのは何故だろう。何所か懐かしいような、愛しい匂い。騙されてはいけないと解っていても、どうしてあんなに苛立っていたのか解らないくらいに全てが満たされるような幸福だった。
「……京楽隊長?」
 女性を見てだらしなく緩んだ顔も、酔い潰れてふらふらと踊るような後ろ姿も、確かに頼りになる腕も全部見て来たつもりだったのに、こんなにも儚げなこの人には初めて会う。それは間違いなく本当は強くて素敵な彼のはずなのに、これじゃまるで弱々しくて行き場をなくした子供のようだ。
「七緒ちゃんは」
「え?」
「七緒ちゃんは、いなくなったりしないでしょ?」
「隊長?」
「如何したんですか、隊」
 最後まで言わせてすらくれなかった。すっと優しく顎に触れて口唇を一瞬奪っていくその優雅さはやはりさすがと言えるのだろう。珍しく黙って真剣に見つめて来るその眼差しが妙に悲しくて痛かった。
 核心に触れてもいいのだろうか。真実に近しいだろうそれを口にしてしまっていいのだろうか。もし答えがあるのなら誰かに教えて欲しい、その答えを。彼を傷つけない言葉を。
「もう、あんなのはゴメンだよ」
「……置いて行かれたのですか、愛しい人に」
 僅かに身体が震えたようだった。抱きしめる腕に一層力が込められたが苦しくは無い。私にとってはむしろ心地よい。苦しいのはこの人なのだ。
 面倒を押し付けるくらいなら最後まで全部押し付けて欲しい。大変なのには慣れてしまったのだから。
「憎いんだ、あの子が」
 ぽつりぽつりと紡ぎ出した彼の言葉は意外な物だった。愛しかったのではないだろうか、悲しかったのではないだろうか、彼の何分の一の人生も生きていない私には到底理解出来ない感情なのだということは理解出来た。
「どうして僕の前からいなくなっちゃったのかとか、あの時一体何があったのかとか、考えれば考えるほど解んなくなっちゃうんだよ。それは仕方の無い事で僕にもあの子にもどうにも出来なかった事なんだって、解ってはいるんだよ、言い聞かせてはいるんだよ、それでも」
「大丈夫です。言いましたよね、三歩下がって貴方に着いて行くと。私が一度言った事に責任を持たないとでも?」
 何が大丈夫なのか自分でも解らない。ただ大丈夫だと言ってあげたかったのだ。儚い彼は嫌いではないが見ていたくは無い。
 僅かに動く度に足元で布の擦れる音がする。安物の着物が皺になるなんてどうでもいい事だった。高価な簪に傷が付こうとも関係の無い事なのだ。金銭でどうにかなる物なんて今の私達には必要無い。今こうして直に触れ合って、体温も呼吸も鼓動も、命の一つ一つを重ね合わせて共有しているこの瞬間が何よりも大切なのだ。
「憎むのが辛いなら私も一緒に憎んで差し上げますよ」
 だからたまには仕事も手伝ってくださいねなんて付け足すと、一瞬だけ彼が微笑むのが見えた。彼の愛しかった人は今頃何処で何をしているのだろうか。生きているのか、死んでいるのか。もし生きているのなら、二人もの、しかも片方はまったく知らないような女に憎まれているだなんて思いもしないだろう。
 誰かの名前を呟いたようだが、聞こえないふりをしておいた。
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