2008-09-03 [Wed]
不意に先生、と小さく呼ぶ声を思い出した。あればいつの事だったろうか、確かまだこの騒ぎが海外で数件起きていた頃、他人事のように語っていられたあの頃だったような気がする。あれからまだ何年も経っていないというのに、もう遠い昔の事のようにすら感じられる。せんせぃ、せんせぇ、先生。今となってはもう懐かしい呼び名だ。あれから何ヵ月もしないうちに再殺部隊に身を投じた私を先生と呼ぶ人間など、もうどこにもいない。
あの日彼女が何と言おうとしたのか、今となってはもう確かめる術もない。あの赤く美しい唇は、私に何かを託そうとして止まった。訪ねてもいいえ、と言葉を濁した彼女は今ごろどうしているのだろう。もうとっくにどこかの誰かに切り刻まれたのだろうか。あの白くて美しい肢体が千切れる光景は、ただひたすらに綺麗で仕方ないはずだ。あの身体を誰かに触られるなんてそれだけど腸が煮えくり返りそうだ。妹を手にかけたその日、私は正常を喜んで手放した。
だからきっと、今感じているこの痛みは嘘なのだ。 それは確かに彼女だった。美しい肢体は五体満足のまま捻れ上がって、背中を向けたまま顔だけはこちらに向けて、足元に転がる同類の肉片を食らい。まるで鬼畜の所業だ。ゆっくりとほどけ、わずかに残された三つ編みだけが以前の彼女の面影を残している。その顔が私を見て微笑んだのは気のせいだろうか。
先生、もしも。その続きが何だったのか見当もつかないほど私は鈍い男ではない。それは確かに交わされた、世界のどこにも証のない彼女との約束だった。
あの日彼女が何と言おうとしたのか、今となってはもう確かめる術もない。あの赤く美しい唇は、私に何かを託そうとして止まった。訪ねてもいいえ、と言葉を濁した彼女は今ごろどうしているのだろう。もうとっくにどこかの誰かに切り刻まれたのだろうか。あの白くて美しい肢体が千切れる光景は、ただひたすらに綺麗で仕方ないはずだ。あの身体を誰かに触られるなんてそれだけど腸が煮えくり返りそうだ。妹を手にかけたその日、私は正常を喜んで手放した。
だからきっと、今感じているこの痛みは嘘なのだ。 それは確かに彼女だった。美しい肢体は五体満足のまま捻れ上がって、背中を向けたまま顔だけはこちらに向けて、足元に転がる同類の肉片を食らい。まるで鬼畜の所業だ。ゆっくりとほどけ、わずかに残された三つ編みだけが以前の彼女の面影を残している。その顔が私を見て微笑んだのは気のせいだろうか。
先生、もしも。その続きが何だったのか見当もつかないほど私は鈍い男ではない。それは確かに交わされた、世界のどこにも証のない彼女との約束だった。
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2008-08-30 [Sat]
ごめんなさいと彼女は何度も呟いたのでもういいよとポツリともらすと、今度はすいませんすいませんとまるで普段通りの彼女のような事を繰り返し始めた。別に君は何にも悪くないのに。
「すいません、すいません久藤くん、本当にごめんなさい」
ライダーマンの右手の鋭い刃先を僕に向けながら眉を下げたまま笑う彼女は何度も同じ言葉を繰り返した。いくら小型でも獰猛なチェーンソーなんて彼女の白くて小さくてか細いその手には似合わない。それでもそれを受けとるのを何となく躊躇っていると、細い指が小さなスイッチに触れた。激しい電動音を手綱に取ろうと必死で取っ手を押さえつけるように握りしめるその顔は見たこと無いほどに晴々とした笑顔が張り付いている。
「や、やっぱり私なんか再殺したくないですよねすいませんすいませんすいませんっ、私のせいで嫌な思いをさせてすいませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい申し訳ないです久藤くんが再殺したかったのは」
「嫌じゃないよ、ちゃんと殺してあげるから」
にこにこ。にこにこ。すいませんすいません。にこにこ。にこにこ。神様はきっと僕を馬鹿にしている。
「加賀さんこそ、僕なんかでいいの?」
「もちろんです」
「ねぇ、本当は誰に殺してもらいたかったの?」
僕がそう訪ねると彼女はにこにこと微笑んだままこちらに背中を向けた。起動したままだったライダーマンの右手のスイッチをそっと切ると、まるで赤ん坊でもあやすかのように優しくその胸に抱き寄せた。
「いいんです。私知ってます、私達を再殺した後の貴方達がどんな想いで生きていくのか。私は木野くんが好きで木野くんも私を好きでいてくれたから、せめて綺麗な想い出のままで、それでいていつかは消えてしまうような存在でありたいんです。木野くんを苦しめるだけの醜い記憶にはなりたくない」
そしてまたすいませんと彼女は呟く。繰り返し繰り返し呟くその姿はまるで軽やかに歌でも歌っているみたいで、ならばきっと鎮魂歌なのだろうなと考え付いたりもした。
最後の幸せを放棄した彼女は彼女のままで、誰かの幸せを願う美しい自己犠牲は、僕らの思う神そのものだった。
「すいません、すいません久藤くん、本当にごめんなさい」
ライダーマンの右手の鋭い刃先を僕に向けながら眉を下げたまま笑う彼女は何度も同じ言葉を繰り返した。いくら小型でも獰猛なチェーンソーなんて彼女の白くて小さくてか細いその手には似合わない。それでもそれを受けとるのを何となく躊躇っていると、細い指が小さなスイッチに触れた。激しい電動音を手綱に取ろうと必死で取っ手を押さえつけるように握りしめるその顔は見たこと無いほどに晴々とした笑顔が張り付いている。
「や、やっぱり私なんか再殺したくないですよねすいませんすいませんすいませんっ、私のせいで嫌な思いをさせてすいませんごめんなさいごめんなさいごめんなさい申し訳ないです久藤くんが再殺したかったのは」
「嫌じゃないよ、ちゃんと殺してあげるから」
にこにこ。にこにこ。すいませんすいません。にこにこ。にこにこ。神様はきっと僕を馬鹿にしている。
「加賀さんこそ、僕なんかでいいの?」
「もちろんです」
「ねぇ、本当は誰に殺してもらいたかったの?」
僕がそう訪ねると彼女はにこにこと微笑んだままこちらに背中を向けた。起動したままだったライダーマンの右手のスイッチをそっと切ると、まるで赤ん坊でもあやすかのように優しくその胸に抱き寄せた。
「いいんです。私知ってます、私達を再殺した後の貴方達がどんな想いで生きていくのか。私は木野くんが好きで木野くんも私を好きでいてくれたから、せめて綺麗な想い出のままで、それでいていつかは消えてしまうような存在でありたいんです。木野くんを苦しめるだけの醜い記憶にはなりたくない」
そしてまたすいませんと彼女は呟く。繰り返し繰り返し呟くその姿はまるで軽やかに歌でも歌っているみたいで、ならばきっと鎮魂歌なのだろうなと考え付いたりもした。
最後の幸せを放棄した彼女は彼女のままで、誰かの幸せを願う美しい自己犠牲は、僕らの思う神そのものだった。
2008-08-08 [Fri]
ああ、可愛いな、可愛いよ千里。何であんたはこんなに可愛いんだろう。本当に可愛い。いつものきっちりしたあんたも可愛くて好きだったけど今の自由なあんたも大好きだよ。前髪を横に流すとこんなに大人っぽく見えるんだ、知らなかった。千里は今までにないくらい楽しそうにはしゃいでいる。柄にもない。ほらまたもう何やってんの危ないでしょ―――まったく聞いちゃいない。
千里がニアデスハピネスを発祥したのはつい一昨日の夜の事だった。あの時千里はいきなり私の部屋の窓から顔を出して、私を殺して! と叫んだと思うとケタケタと笑い出した。ああ、ついにこの子にも最後の時間がやって来てしまったのか。インクをたっぷり含んだペンが描きかけの原稿の上にことりと落ちて、真っ黒な染みがゆっくりと広がって行く。その手を取って最期を二人で過ごす事に何のためらいもなかった。
「ほら千里、戻って来なよ。そろそろ潮が満ちてくるよ」
干潮を迎えた海の浅瀬で楽しそうに水遊びをするあの子はまるで幼い妹のようで、どうも見ていて危なっかしい。さっきから大きな岩場に登ろうと躍起になっているようで、途中まで登っては滑り落ちるという事をひたすら繰り返している。頭打って死んだらどうするの、私泣くよ? それでも普段なら必死で止めるだろうけどあの子の表情を見てると躊躇われた。
「ねぇ晴美、こっち来なさいよ、一緒にやろうよ」
「嫌よ濡れるもん…それより結構潮が満ちてきたよ?」
「はーい」
ぱしゃぱしゃ水を跳ねながらこちらに駆け寄ってくる。沈み始めた太陽はまだ眼に痛かった。夕日を背にして千里は私の前に立つと、最上級の幸福を得て笑った。
「さよならよ晴美、もうすぐさよなら」
そう言いながら千里は自分の持って来たリュックを指差した。あの中に入ってる物なんて見なくても想像が付く。出来れば使いたくないけれど仕方ない、私の義務でありこの子の願いなのだから。私は千里が幸せになるためなら何だって出来る。私はリュックの口を開いてライダーマンの右手を取り出すと、起動はさせずにその刃で千里の喉元をなぞった。ああ、白くて綺麗。可愛いなあ。
「あははは、晴美ってば気が早いね」
「だってもうすぐでしょ? あとどのくらい一緒に居れるの」
「多分夕日が沈んだら終わりかな」
沈むまで? もう後何分もないじゃない、千里のバカ、もっと一緒に居たかったのに。
「晴美」
「何?」
「大好きだよ」
「そんなの…!」
ずるい。そうだいつだって千里はずるいんだ。いっつも先を歩いてて、先に幸せになっちゃって、今だって先に、
「好きだよ」
なんて、ずるい。緩んだ涙腺を必死で閉じながら掠れた喉を無理矢理震わせてやっと言えた一言だった。千里はますます幸せそうな笑みを浮かべた。
「晴美、ごめんね、大好きだよ」
それが千里の最期の言葉だった。真っ白な砂の上に倒れた千里はまるで純白のドレスを纏った花嫁に見えて、なら早く誓いのキスをしなきゃなんてバカなことを考えて、考えすぎて何だか笑えて来た。
「あはは、あはははっ、ほら千里、早くキスしよう? ずっと一緒だよ?」
早く起きてよ、キスしなきゃ。それとも目覚めるには王子さまのキスが必要? 私はそっと千里の唇にキスを落とすと、ライダーマンの右手を抱え直して起動させた。呪われてしまった可愛そうなお姫様を解放出来るのは私だけだ。愛しい人の身体を刻む。それが私の願いであり彼女の望みだ。
ちっとも悲しくなんてなかった。ただただ幸せだった。
千里がニアデスハピネスを発祥したのはつい一昨日の夜の事だった。あの時千里はいきなり私の部屋の窓から顔を出して、私を殺して! と叫んだと思うとケタケタと笑い出した。ああ、ついにこの子にも最後の時間がやって来てしまったのか。インクをたっぷり含んだペンが描きかけの原稿の上にことりと落ちて、真っ黒な染みがゆっくりと広がって行く。その手を取って最期を二人で過ごす事に何のためらいもなかった。
「ほら千里、戻って来なよ。そろそろ潮が満ちてくるよ」
干潮を迎えた海の浅瀬で楽しそうに水遊びをするあの子はまるで幼い妹のようで、どうも見ていて危なっかしい。さっきから大きな岩場に登ろうと躍起になっているようで、途中まで登っては滑り落ちるという事をひたすら繰り返している。頭打って死んだらどうするの、私泣くよ? それでも普段なら必死で止めるだろうけどあの子の表情を見てると躊躇われた。
「ねぇ晴美、こっち来なさいよ、一緒にやろうよ」
「嫌よ濡れるもん…それより結構潮が満ちてきたよ?」
「はーい」
ぱしゃぱしゃ水を跳ねながらこちらに駆け寄ってくる。沈み始めた太陽はまだ眼に痛かった。夕日を背にして千里は私の前に立つと、最上級の幸福を得て笑った。
「さよならよ晴美、もうすぐさよなら」
そう言いながら千里は自分の持って来たリュックを指差した。あの中に入ってる物なんて見なくても想像が付く。出来れば使いたくないけれど仕方ない、私の義務でありこの子の願いなのだから。私は千里が幸せになるためなら何だって出来る。私はリュックの口を開いてライダーマンの右手を取り出すと、起動はさせずにその刃で千里の喉元をなぞった。ああ、白くて綺麗。可愛いなあ。
「あははは、晴美ってば気が早いね」
「だってもうすぐでしょ? あとどのくらい一緒に居れるの」
「多分夕日が沈んだら終わりかな」
沈むまで? もう後何分もないじゃない、千里のバカ、もっと一緒に居たかったのに。
「晴美」
「何?」
「大好きだよ」
「そんなの…!」
ずるい。そうだいつだって千里はずるいんだ。いっつも先を歩いてて、先に幸せになっちゃって、今だって先に、
「好きだよ」
なんて、ずるい。緩んだ涙腺を必死で閉じながら掠れた喉を無理矢理震わせてやっと言えた一言だった。千里はますます幸せそうな笑みを浮かべた。
「晴美、ごめんね、大好きだよ」
それが千里の最期の言葉だった。真っ白な砂の上に倒れた千里はまるで純白のドレスを纏った花嫁に見えて、なら早く誓いのキスをしなきゃなんてバカなことを考えて、考えすぎて何だか笑えて来た。
「あはは、あはははっ、ほら千里、早くキスしよう? ずっと一緒だよ?」
早く起きてよ、キスしなきゃ。それとも目覚めるには王子さまのキスが必要? 私はそっと千里の唇にキスを落とすと、ライダーマンの右手を抱え直して起動させた。呪われてしまった可愛そうなお姫様を解放出来るのは私だけだ。愛しい人の身体を刻む。それが私の願いであり彼女の望みだ。
ちっとも悲しくなんてなかった。ただただ幸せだった。
2008-08-06 [Wed]
はい、と眼の前にいるこいつは顔色一つ返る事なくそれを投げてこちらによこした。妙にかさかさとした手触りの汚い茶色をしたそれが何か一瞬分からなかったが、どうやらここ最近流行っているような布とゴム製の髪留めらしい。何でこんなものを、そんなこと聞かなくとも解っている。ただそれはこいつなりの気遣いと暗示のつもりなのだろう。俺はあの娘の事が好きだったから。
「お前がやったの?」
久藤は乱暴に机に座って、いつもはきちんと伸ばしている背筋を妙に丸めてしばらく俯いたままでいたが、やがてゆっくり一度だけ頷いた。俺はそうか、一言事呟いたきり自分からは口を開こうとしなかった。
綺麗に茶色く染まったかのように見えた髪留めのわずかな隙間にほんの少し、あの娘を表すのに最も相応しい色がちらりと見えた。こんなに目立つ色を付けるなんて珍しい。いつもは単色のヘアゴムだったのに。 彼女は汚れを知らない真っ白な少女だった。この澱んだ世界で唯一神の加護を受けるに相応しいほどに澄みきった心を持っていた。なのに何故、どうして一つとして罪の無い彼女が神に裏切られなければならないのだろう。
「木野が殺りたかったんだろう?」
不意に久藤が虚ろな目をこちらに向けてそんな事を呟いた。濁った双眸が俺を映しているなんて到底思えない。こいつは俺にあの娘を重ねてさらにその上に別の少女の面影を見ている。同情する理由もなければ余地もない。俺たちはただこうやって大切な人を手にかけていくだけだ。
もうまともに機能すらしていない見慣れた学校のちっぽけな教室に乱雑に並んだ机の幾つかには、小さな花瓶に誂えた花が飾られていた。幾つかは萎れ、枯れ果てたものさえ見受けられる。最初は誰だっけ、もうその顔さえも記憶にはないのに肉を断つあの感触だけは覚えている、忘れることなんて出来やしない。俺達が全てから解放される日は死ぬまで来ない事はすでに判っていた。
「あの娘が選んだのはお前だろ」
「違う、きっと誰でもよかったんだ、木野以外なら」
そんなに嫌われてたんだ俺。最後の幸福を得たあの娘が少しでも自分の感情を吐き出せたのだと思うと、嬉しさを通り越して悲しくなって涙が溢れてきた。
「木野?」
「…お前は?」
「何」
「再殺してやりたかった娘がいるだろ?」
大切だったんだろ、久藤にとって。言葉は最後まで口を通らずに喉の奥へと帰って行った。久藤はああ、と呟くと、まるで独り言でも言うかのように僅かに声を出した。
「あの娘が選んだのは、僕じゃない」
知っているさ、そんなの知っている。けれどお前は選びたかったのだろう? こんなにも愛しく思っているのに何故神様は僕らにまで残酷なのですか?
「お前がやったの?」
久藤は乱暴に机に座って、いつもはきちんと伸ばしている背筋を妙に丸めてしばらく俯いたままでいたが、やがてゆっくり一度だけ頷いた。俺はそうか、一言事呟いたきり自分からは口を開こうとしなかった。
綺麗に茶色く染まったかのように見えた髪留めのわずかな隙間にほんの少し、あの娘を表すのに最も相応しい色がちらりと見えた。こんなに目立つ色を付けるなんて珍しい。いつもは単色のヘアゴムだったのに。 彼女は汚れを知らない真っ白な少女だった。この澱んだ世界で唯一神の加護を受けるに相応しいほどに澄みきった心を持っていた。なのに何故、どうして一つとして罪の無い彼女が神に裏切られなければならないのだろう。
「木野が殺りたかったんだろう?」
不意に久藤が虚ろな目をこちらに向けてそんな事を呟いた。濁った双眸が俺を映しているなんて到底思えない。こいつは俺にあの娘を重ねてさらにその上に別の少女の面影を見ている。同情する理由もなければ余地もない。俺たちはただこうやって大切な人を手にかけていくだけだ。
もうまともに機能すらしていない見慣れた学校のちっぽけな教室に乱雑に並んだ机の幾つかには、小さな花瓶に誂えた花が飾られていた。幾つかは萎れ、枯れ果てたものさえ見受けられる。最初は誰だっけ、もうその顔さえも記憶にはないのに肉を断つあの感触だけは覚えている、忘れることなんて出来やしない。俺達が全てから解放される日は死ぬまで来ない事はすでに判っていた。
「あの娘が選んだのはお前だろ」
「違う、きっと誰でもよかったんだ、木野以外なら」
そんなに嫌われてたんだ俺。最後の幸福を得たあの娘が少しでも自分の感情を吐き出せたのだと思うと、嬉しさを通り越して悲しくなって涙が溢れてきた。
「木野?」
「…お前は?」
「何」
「再殺してやりたかった娘がいるだろ?」
大切だったんだろ、久藤にとって。言葉は最後まで口を通らずに喉の奥へと帰って行った。久藤はああ、と呟くと、まるで独り言でも言うかのように僅かに声を出した。
「あの娘が選んだのは、僕じゃない」
知っているさ、そんなの知っている。けれどお前は選びたかったのだろう? こんなにも愛しく思っているのに何故神様は僕らにまで残酷なのですか?