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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2025-05-15 [Thu]
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2008-06-27 [Fri]
 まさかそれが別れになるとは思ってもいませんでした。
 まさか二度と逢えないなどとは思ってもいませんでした。
 まさか明日が消えてしまうなどとは思ってもいませんでした。
 あの日の私達は確かにまた明日という約束をして次のあるさようならをしたはずでした。
 あの日の私達は約束が破られるなんて考えてもいなくて、ただ二人で過ごす明日を信じていただけなのです。
 奪ったのは誰ですか? 私から彼女を、彼女から明日を、明日から約束を、約束から希望を。

 風浦さん、風浦さん、風浦さん。
 もう何処にもいない貴女の名前を、ちっぽけな世界で私は叫び続ける。
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2008-05-26 [Mon]
かみさまへ

もうすぐ約束の日が来ますね。
私は今までとても幸せでした。
今日の空は青いです。きっと明日の空も青くて、不規則に灰色になったり黒くなったりしてそれを繰り返して世界は続いて、あなたはそれを一生見守るのでしょう。
私はそんな空なんてどうでもよかったんです。
今が全てだと思っていた私にとって、あの人との出逢いは運命だと呼べるのかもしれません。
あの人がいたから私は始めて未来という物を望んでしまったのです。
たった一週間で人はどこまで変われるというのでしょうか。私は変わってしまった。どうしようもなく生きてみたいと初めて願ったのです。

かみさま。

ごめんなさい。

私は生きます。

この世界が死んだとしても生きていたいのです。
2008-05-20 [Tue]
 もう多分あの春の日から何年も経っていて、私は無意識のうちに何所かが変わったのだけれど何処へも行けないままこの街で何も変わらないような日々を過ごしていた。
 私はなぜこの街に縛られたまま生きて行るのかなんて考えたこともないし考えたくもないし、そもそも考えずとも判り切っている理由が頭をよぎるのだから私は今日もこの道を歩く。いつもと変わりないこの平穏は確かに幸せだけれど何の面白みもないような日々には確かに飽きていて、あの春の日がもう一度来れば私はきっとまたあの素敵な場所に戻れるのだろうと本気で信じていた。
「あれ」
「ああ」
 久しぶりですねと、どちらからともなく口に出た。
「こんなところで何やってるんですか? 糸色先生」
「家庭訪問の帰り道です」
「過程訪問じゃないんですか?」
「今回はちゃんと家庭ですよ」
 変わってしまったのは私だけではなかった。先生も時の流れには逆らえず、私たちの担任だったころよりもずっと落ち着いていて、何だか私のほうが年下なのに大人になりましたね、と褒めてあげたい気分だ。
「……何で頭を撫でるんですか?」
「何ででしょうね」
「風浦さん」
「何ですか?」
「大人になりましたね」
「……先生も大人になりましたね」
 私はもともと大人ですからと言って笑う先生は、春の日差しを受けてとても綺麗だった。あの日の先生は確かに先生で、今日ここにいる先生も確かに先生なのだから。形が変わったってそれは真実で、唯一無二の現実だった。
 だから私はたった一言を口にするだけでいい。あの日々に戻れる魔法の言葉を。いつものように微笑みながらそれを今ここで。
「先生」
「何でしょうか?」
「えっとですね、その―――」
 魔法をかけてあげましょう。出逢った二人の運命に。
2008-05-14 [Wed]
 夢を見ると言った。
 それは遠い昔の事なのに生々しすぎるほどにリアルで、八十年も昔の事なのに肉を切る感触も血に濡れた生温さも全てが鮮明に蘇る様で、忘れた頃にやって来てはとっくに許されてもいいはずの押し付けられた重い罪を背負わせて帰って行くのだという。
「さて、私達はどうしますか?」
 先生は何も無かったかの様に笑う。昨日の朝まで泣きそうな顔をして過去を見ていたのと同じ顔で今日は明日を見ながら笑っている。一緒に過ごす様になってもうずいぶん経つのに、こんなにも穏やかな先生を見たのは初めてだった。
 黒い瞳の少女を連れた赤毛の彼と出逢ったのはつい昨日の事だった。夕焼けを映した様な赤銅色の頭に加えて隻腕というどう見ても悪目立ちする彼に違和感を覚えたのが最初だった。私は妙な既視感を覚えて、たまたま席を外していた先生が戻って来るまでの間の暇潰し程度に彼をこっそり見つめていた。背の高い彼は誰もいないのに誰かと喋っている様な素振りを見せていたが、黒い髪をした小柄な少女が戻って来るとその少女を交えて会話を始めた。
 こっそり見つめていたはずなのにいつの間にか彼と眼が合って、すごく不機嫌そうな声で何? と声をかけられてしまった。別に何があって見つめていたわけではないし(カッコいいので眼の保養にはなるけれどどう見たってうちの先生の勝ちだ)答えあぐねているとやがて彼は口の端を歪めて不敵な笑みを浮かべて、
「何、その娘お前の連れ? 久しぶりだな」
 私の後ろで呆然と立ち尽くして彼を見ていた先生に声をかけた。
「二人は船に乗るそうですよ。入れ違いになりましたね」
 つい数日前に渡った砂の海を見ながら先生は言った。赤毛の彼までがこの街にいたのだからここに留まるのはデメリットでしかない。悪目立ちする彼のせいで先生が教会兵に捕まったりでもしたら、私はきっとあの赤銅色を殺しに行くだろう。
「やっぱり電車がいいですか? 貴女の好きな場所に行きましょう」
 私はもう世界中を見て回りましたからと言って笑う先生はいつもの暗い面影なんて微塵も無くて、世界が反転してしまったかのように楽しそうだった。
「先生、今日はどうしたんですか?」
「何がですか?」
「だって先生、何だかすっごく楽しそうですよ」
「そうですか?」
「そうですよ」
「そうですね」
「どうしてですか?」
 どうしてだろう。どうしてこんなに晴々とした表情で笑うのだろうか。私は先生にこんな風に笑って欲しかっただけのはずなのにそうなったらそうなったで戸惑うなんて我侭で気紛れな性質の悪い子供みたいだった。
「彼が笑っていたからじゃないですか?」
 まるで世界が拒んでしまったかのように理解が出来なかった。別に彼は笑っていなかった気がするし、むしろどちらかといえば怖い印象しかなかったはずなのにそれでも先生は彼のことを幸せそうだったと言う。
「昔はあんなに柔らかい雰囲気じゃありませんでしたよ。それにあの女の子をとっても大事にしてるじゃないですか」
 だからね、それで十分だと思ったんです。先生はそう言ってまた幸せそうに笑った。私にはその笑みが遠い国の小説で見た様な死に際の笑顔に見えて酷く怖かった。先生はそんな私の些細な恐怖など気にしていないかのように笑う。
「一緒にいられる限り、それ以上に貴女を大事にしたいと思えたんです」
 貴女は私に生きる希望や気力や、もっといろんな、暖かくて大切なものを与えてくれた人ですから。
 どんなにその生が理不尽だったとしても先生はこの先ずっと私が死んでも未来永劫行き続けなくちゃならなくて、そこにはどんなに悲しくて辛くて捨ててしまいたいくらいの記憶しか共にいない。それでもきっと先生は生きるという覚悟を初めて手に入れたのかもしれない。どんなに仕方の無い事だったとしても過去が罪であったということは先生は薄々気付いていて、それはどんなに私やあの子が許しても決して世界からは許されない二人が抱えた罪だったとしても、例え否定された覚悟であったとしても先生はこの世界を生きようと思ってくれた。私にはそれで十分だった。
「先生、電車に乗りましょう」
 そしてまた先生は笑う。どこへ行きましょうか? 世界を見て回るのは貴女の番ですよと。そして私も笑う。例え私の世界が先生よりも少なくて短くて狭くてどうしようもなく限られたものだとしても、私達は一緒に生きていられる限り二人で笑っていたい。ただそれだけでよかった。
2008-05-09 [Fri]
「私、もうすぐ死ぬんですよ」
 彼女はまるでそれが当たり前なのだと言ったように笑った。それは今日の次に明日が来るようなもので、夜眠りについて朝目覚めるのと同じくらい普通の事なのだと彼女は言う。密かに迫り来る死という絶対的な運命を恐れ続けている私にとっては信じられない程異様な感情だった。
「体が悪いのですか?」
「まさか、いたって健康体です」
「では何故」
「それでも死ぬんです」
 それはきっと私が何処へ行こうとも付きまとってくる運命で、どうあがいたって逆らえるものではないんです。例えるなら常に落ち続ける滝の様な物で、私が生きるには凍りつくくらい寒くて痛い冬が来るしかなくて、でも永遠に近い冬が来てしまったとしたら人間なんてひとたまりもないでしょう?だからこの街の皆が生きる為に私は黙って犠牲になるんです。彼女は丘から街を見下ろしながら迷いなくそう言い切った。澄んだ青空を映す澄み切ったその栗色の瞳が何も知らない無垢な少女のように美しかった。
「いつですか?」
「さあ。明日かもしれないし今日かもしれない。もしかしたら一分後にはこの世にいないかもしれません」
 何故、と言いかけて私は言葉を止めた。あまりに理不尽すぎる彼女の死は私には到底理解出来ない。彼女が消えるたった瞬間を想像しただけでもこの小さな頭では何故という言葉しか浮かび上がらない。
「私は嫌ですよ、貴女がいなくなるなんて」
 何て幼稚な言葉だろう。これは私の醜いエゴで、どうしようもない運命の前にどうしようもなく屈するちっぽけな人間の成れの果てだった。それでも彼女は笑って私の手を取って言う。
「それでも仕方のない事ですから」
 それじゃあ、といって彼女は丘を下っていった。一度も振り返らずただまっすぐ前だけを向いている。その視線の先にもう未来はないという事が分かっていてもなお歩こうとする。どれだけ理不尽であろうとも仕方のないことで、やはり彼女も運命に屈してしまった人間だった。
 次の日から彼女が丘に現れる事は一度もなかった。
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