忍者ブログ
世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
2025-05-15 [Thu]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2008-04-16 [Wed]
 人を本気で殺してやろうかと思ったのはこれで二度目だった。一回目はいつどんな時だっけ、もうとっくに記憶は埃を被っていてまるで霞の向こう側を見ているようだった。これ程までに明確な殺意を向けてる私を無視するようにもしかしたら気付いていないのかもしれないけど彼だったら無視できる、彼は手にした本に没頭する振りをする為に適当なページに視線を落としていた。その手は五分以上前から新しい世界をめくろうとはしない。
「殺すなら綺麗に殺して欲しいな」
 彼があまりにあっさりとそう言うので何だか拍子抜けしてしまった。
「久藤君はどんな死に方が理想なの?」
「そうだなぁ、あんまり汚い死に方は嫌かなぁ。杏ちゃんはどんな死に方が理想なの?」
「私は死なないよ?」
 精一杯笑顔を作ったにしては異常に歪だったがこれが限界だった。どうして彼はこんなにも人の心の表面から裏側の汚い場所にまで躊躇わずに触れることが出来るのだろう、どうして私の心の琴線に触れるどころか断ち切ろうとして来るのだろうか、私に向けられているこの感情が悪意なのか殺意なのか好意なのか全く見当がつかないせいで妙な恐怖が背中の向こう側を走って行くのが分かった。
「本当に?」
「本当だよ」
「本当は死にたかったんでしょ」
 どうしてそんな事まで分かるというのか、もしかして彼は本当に人の心が読めるのではないだろうか、もしそうだとしたら私がここでこうやって彼と話す事自体が危険な行為ではないか。
「でも」
 彼は本を閉じた。
「僕は杏ちゃんになら殺されても構わないよ」
 どうして彼がそんな事を言うのか理解出来なかった。
「それで杏ちゃんが幸せになれるのなら殺されても構わない。僕が邪魔なら殺していいよ」
 彼は私のスカートのポケットに入っていたナイフを布越しに握ると、私の手を取って柄の部分を握らせた。
「殺したほうがいいよ、僕は君が生きる上できっと邪魔になる」
 だって本当に知ってるんだ、昨日の夜二人に何があったのか。彼が私の耳元で囁くのと私がナイフを取り出して彼の胸を貫くのとはほぼ同時だった。
「どうして」
 どうして殺されてもいい、なんて。言葉に出来なかったのに彼にはしっかりと伝わっていて、やっぱり彼は人の心が読めるんじゃないだろうかと疑ってしまった。彼は最期に笑顔で。
「杏ちゃんが好きだから以外に理由があると思う?」
 自分の為に人を殺したのは初めてじゃない気がした。
PR
2008-04-16 [Wed]
 人を本気で殺してやろうと思ったのはこれが初めてだった。先生は今私の世界の中では最弱最下の底辺にいて、もっと広い世界を見る事すら望まずにただ自分の世界を閉じる事だけを考えているとても悲しい人だった。
 先生は昨日の夜私を唐突に呼び出してたった一言ごめんなさいと言った。泣きそうな声で何度も何度もごめんなさいと呟きながら私を強く抱きしめてくれた。けれどそれ以上にこの世界で生きて行く事がとても辛いのだと泣いた。この酷い世界に私を残して逝く事が辛いのだと言った。けれどそれ以上にもう息をする事さえも辛いのだと吐き捨てた。私は分かりましたと言っただけで別に止めようとはしなかった。小鳥の様にか細い先生が生きて行くにはこの世界は過酷過ぎる。だから先生の幸せの為にも彼の死を望んであげなければならないのだ。それに私が死ねばきっとまた会える。私みたいな人間は案外長生きしちゃうだろうからまだ何十年も先だけどそれまでお互いにきっと覚えていられると私は信じている。
「先生、私が殺してあげましょうか?」
 私がそう言うと先生は一瞬だけ驚いたような表情を見せ、すぐにいつも見せてくれていたのと同じ穏やかな笑みをくれた。
「そうですねぇ……それは嬉しい事かもしれません、でも辛くはないのですか?」
「辛くなんてありません、むしろ嬉しいです。だって先生の最期に先生の為になる事が出来るんですよ? 何もせずにいるほうが先生だって辛いでしょ?」
 きっとこの人は私の為に生き残る。きっと私を一人にする事に異常なまでの罪悪感を抱いていて、私のいろんな事を考えて考えて結局生き残ってしまうだろう。私がいる限り絶対に死ねはしない。先生は根本的に臆病な人間なのだ。私はこの人の生きる言い訳になりたくない。
「殺してあげます、綺麗に。頚動脈と心臓どっちがいいですか?」
「心臓をくりぬいて欲しいですね、そうすれば生き長らえる事もない」
「じゃあ心臓は貰っていきますね、大切にします」
 先生さようなら、お別れのキスですよ。もう貴方が私の顔を見るなんて出来ないのだから、せめてこれだけでも覚えていてください。
 誰かの為に人を殺したのは初めてだった。
2008-04-15 [Tue]
 ただ単にあの娘が邪魔だったんです。だってあの娘は私なんか気にもしないで一日中ずっと側にいるんですよ?許せる訳ないじゃないですかそんな事、図々しいにも程があるんです。
 大体あの人だって迷惑してたんですよ、ただあの人は優しいからそれを口に出来ないだけで、そこにあの娘は付け込んだんです、思い上がりも甚だしい!何て愚かなの最低!
 あの人の側にいていいのは私だけなんですよ、なのにあの娘は私から先生を奪おうとするんです、引き裂こうとするんです。あの娘があの人を好きだということは当然知ってました、そんなのみんな知ってますよ、知ってるけど今まで何も出来なかったんです。だから本当は私皆さんに感謝されるべきなんですよ、みんながどうにも出来ないって思っていたのに何とかしようとしたんですから。
 勿論後悔なんてしてません、むしろ逆です。私はあの娘に手を下せて本当に幸せなんです。だってこれで私はあの人の側にずっといられるんですから。やっとあの人が私だけの者になるんです、これ程までに幸せな事なんて他にありませんよ!神様も宇宙人もポロロッカ星人も全部全部馬鹿みたい!どうしてあんな物信じていたんでしょう、それだけは今でも分からないんです。
 でも嗚呼これでせいせいした、これで本当に一日中あの人の側にいられる。でも何故かしら、あの人はあの娘がいなくなってから一言も私と口をきいてくれなくなりました。それに最近のあの人は全然元気がなくて見ているだけでも痛々しいんです。何故かしら、何故かしら何故かしら、そんなにあの娘が大事だったんでしょうか、隣にいるべき私よりもあの娘の方が大切だったと言うんでしょうか、本当に愚かなのは誰でしょうか、あの娘か私かあの人か結論が出ない!
 何言ってるんですか、付きまとっていたのはあの娘ですよ、私はただあの人の後ろを黙って付いて歩いていただけです。ストーカーってキモイよね、あの娘もキモイの、私には許せなかったの!
 それに、それに、それに。
 風浦さんよりも私の方が先生を愛して居るんだもの、私はあの人の全てを知っているわ? 貴女は知っていた?
2008-04-14 [Mon]
 あぁ眠い。時計を見たら既に11時を回っていた。人として正しく生活をしているならば確かに眠くもなる時間帯だ。
 本来人間の生活リズムは24時間では無いらしいということを以前どこかで聞いた。46億年の歴史の中で自分の一日を地球の一日に出来た物だけが繁栄し、また人間も自らを生かす為だけに自分達の本能を乱してまで勝手に廻るこの星に合わせようとしている。
 何と愚かな事だろうか。テクノストレスよりもまだ愚かじゃないか。私たちは自分達の生さえもこのちっぽけな緑色をした星に握られているというのだ。
人は自由に見えて本当はどこにも自由なんてなかったんだ、あぁ何と言うことだろう今更そんな事に気付くなんて!絶望し
気は済みましたか、先生。明日も早いんでもう寝ちゃいましょうよ。隣でぼやく愛しい少女と出逢ったのもまた星が定めた運命なのか。
2008-04-08 [Tue]
 こんなにも素直に泣けたのはいつ以来だろう。お父さんが首を吊るよりももっと前だった気がする。その頃の私はいろんな意味で純粋で、その分ちゃんとした人間だった。いつからこんな風に斜めに尖ってしまったのかなんて知らない。そんな尖ってばかりの私でもちゃんと人を愛せて、ちゃんとその人の為に泣けるのだと知って安心した。
 古びた本の匂いと膝を抱えて俯いた私の頭を撫でる優しい手は全て私が望んだものではなかった。私は望んでいたのはたった一人の腕の中だったのに、それすらも叶わないままで私は隣に座る彼の優しさを受け入れてしまっている。それは悔しいことだけれど、今の私にはそれに抵抗するほどの余裕なんて何処にも無かった。
「先生は」
 彼の手が止まった。
「先生はきっと向こうの世界で幸せになれるんだね」
 彼がこんなに悲しそうな顔をするのは初めて見た。とっくに気づかれているのに慌てて隠そうといつものように笑う姿は何だか滑稽だった。
「そうだね、きっと向こうの世界で生まれ変わって、幸せになるんだよ」
「今度はちゃんとした名前だといいね」
「そうだね」
「またいつか会えるのかな」
「会えるよ」
「ちゃんとお互い分かるのかな」
「きっと分かるよ」
 私が何も言わなくなったので彼ももう何も答えなかった。いつもはとっくにやって来るはずの夕暮れはまだやって来ない。あの人がいなくなった世界は今日も太陽の日差しを受けて宇宙をくるくる回っている。このまま秋になって冬になって春になってまた夏が来てもきっと何も変わらない。窓の外から差し込む光が大粒の雪に見えた。
Copyright © 世界の果てで枯れ果てた All Rights Reserved.
PhotoMaterial by Kun  Template by Kaie
忍者ブログ [PR]