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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2025-10-08 [Wed]
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2008-05-08 [Thu]
 本をめくる丁寧な指先が好きだった。短く整えられた爪先が好きだった。白くて綺麗な手の甲が好きだった。頭を撫でてくれるその温かな掌が好きだった。
 同じ男の私から見ても綺麗だと思えるそれは、やはり誰に聞いても綺麗だと返って来た。いつも通り誰もいない図書室の椅子に座って本に眼を落としている彼の横で床に座って空いた左手を黙って握ったまま、私は心地よい春の暖かさに身を任せていた。
「先生?」
 どうしたんですかと言って私の頭を撫でる右手は窓から差し込む光よりも温かかった。私はこの温かさがとても好きだった。この一瞬の為に生きていると言っても過言ではないくらい依存していた。
「少し、眠くなってしまいました」
「今日は暖かいですからね。眠ってもいいですよ、帰る頃には起こしますから」
「それは少し勿体無いですね」
 そう言って私は笑う。彼も笑う。こんなほんの日常の一時が幸せだという事を知ったのはつい最近の事だ。正確には私の日常に彼が深く関わるようになってからで、それまでの私は人が人として持ち合わせている温もりなんて知る由もなくて、その分今ではこんなにも彼の温もりが愛しく思える。
「せめて手を繋いでいてもらえますか?」
「いいですよ。どうぞ」
 指先を絡めて温もりを互いに受け渡すと、確かな安心感が体中を駆け巡る。これが愛だと知るのはもう少し後の事だった。
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2008-05-08 [Thu]
 彼がたった一つの絶望であるならば私は彼にとってたった一つの希望でありたかった。
 何故そんな醜い仮面を手に取ってまで世界を敵に回そうとしたのか、そもそも何故そのような考えに至ったのかなど長い時を共に過ごした私でさえ知りえないことで、おそらくそれは世界中の誰にもどうしようもないことだったのだと思う。
 ただ彼はこの世界に絶望しただけで、その形はきっと何でも構わなかったのだ。
 傷だらけの少女が平伏したまま貴方は何故と言いかけて首を撥ねられた。よく見渡してみると似たような死体が二つ程転がっていた。こんな非力な少女に彼は救えない。私でさえ救えるかなど分からない。
 そして私は仮面を被り彼と対峙する。微かに見えた希望か絶対的な絶望がどちらかが消えるまでこの戦いは終わらない。
2008-05-08 [Thu]
 それはなんとも不可解な形をした羽根だった。妙に歪な癖にやたらと美しい白をしたそれは絶妙なバランスを保ったまま異様な芸術を見ている気さえした。
 しばらく見つめているとそれが不意にどこかへ飛び立ちそうになったので思わずその羽根を両手で押さえ付けた。
「痛いですよ、兄さん」
 そう言ってその鳥は笑う。何がおかしいのか笑う。たとえ何処へも行けなくたって決して怒ることもなくただ私に微笑みをくれるのだ。その微笑みがいつから私に安らぎをくれていたのかなんて知らない、知りたくもない。私の平穏の為だけに支払われる大きな代償にはまだ眼を背けたままでいたかった。
2008-04-23 [Wed]
「出逢ってはいけない二人が、出逢ったとしたら」
 まるで何かに試されているかのようだった。彼は今までに誰にも見せたことのないような表情で黙って私を見つめている。私が何と言うのかそれを待っている。手にした本は中途半端に開いたまま、薄い紙のページが半分程めくれ上がっていた。まるでベタな恋愛小説の導入部のようなその言葉は子供の戯れと取るには妙に重く、真剣に思考を巡らせるには意外に軽かった。
「たとえば先生に、そんな出逢いがあったとしたら」
 先生は、どうしますか? それを何故意地の悪い質問だなどと考えたのかは私にも分からない。ただそれは幾重にも重ねられたオブラートのように何かをぼんやりと包み隠しているようだった。
 彼はまだ答えを期待しているようで、本を閉じてまでこちらを黙って見つめている。こちらに向けられる目が異様なまでに恐ろしかった。
 何を、だろう。彼は私に何を期待しているのだろう。私は何を忘れてしまっているのだろう。何を、何を、私は何を思い出そうとしている?
 オブラートの向こう側まであと、
2008-04-22 [Tue]
 その世界の全てだった。


 その狭い世界で少女はたった一人きり、どこか遠く、世界の果てを見つめるかのように丘に立ちすくんでいた。私はその少女に声をかける。
 何を見ているのですか?
 少女は遠く、ただ一点を見つめたまま私の方など見向きもせずに答える。
 世界の終わりを。


 私にとって、その少女が世界の全てだった。
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