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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2025-05-15 [Thu]
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2008-04-08 [Tue]
 飛ぶんですかと後ろから声がかかったので振り返って見たら、よく見知った顔によく似たまあ見知った顔がそこにあった。彼は屋上のフェンスで区切られている安全圏内を越えて立っている私をただ見つめているだけで、何故だか知らないけれど私にはそれがとても不愉快に感じられた。
 私は飛びませんと答えただけでそれから彼と話す気はまったくなかった。本当にここから飛ぶ気はない。そんなつもりならためらう事無くここに立って5秒もあれば足をコンクリートから離すことができる。翼のない人間はただ飛んで落ちてこの高さならきっと絶命して終わりだろう。その先は? 死んだその先にはきっとまた違う世界が待っている。この世界がそれなりに気に入っている私にとってまったく興味も縁もないような場所だ。
 ただちょっと気になっただけなんです。何が? この世界を自ら捨てようとするあの人の気持ちが。会話は風に流されて僅かにしか耳に届かない。顔も似てれば声も似ている。私の愛しいあの人によく似ているからだ、だから彼が疎ましくて仕方ない。さっさとここからいなくなっちゃえばいいのに。
 別に死ぬ気は無いと思うよ? 無いでしょうね、あの人に出来る訳無いじゃないですか、そんな事。人間はどんなに頑張っても飛べやしないのに。世界に囲まれた私達は生きていくしかないという事に彼はいつ気づくのだろうか。
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2008-04-05 [Sat]
「神様なんてね、所詮私達を家畜としか思ってないんですよ」
 そんな言葉が彼女の口から出て来るなんて意外だった。将来神になりたいのではなかったのか? ポロロッカ星人は? あれは神ではないのか。もしかして人間を蔑みたいとでもいうのだろうか。
「先生、例えば貴方が羊飼いだとして、私達生徒が羊だと思ってください。大量の羊を人間がまとめるのは大変です。先生は必死なのに私は身勝手にどこかに行ってしまう。なら探しに行きますか? 行かないでしょう。だってまだたくさんの羊達が手元に残っているんです。その子達だって放っておけばどこに行ってしまうか分からないんですから。一匹の為に多くを失うかもしれないリスクなんて背負いたくはないでしょう。つまりはそういう事なんですよ。神様は大勢の人間を導くために、一人を特別に助けたりはしないんです。そういう事なんです。たくさんいる中でたった一人を特別に思ったりはしないんです。ねぇ」
 そうでしょう? とこちらに向けられた眼に、何か奥の方に密んでいる靄ががった物が貫かれた気がした。彼女は教室の一番後ろの窓を開けると、どこか遠くを見るような眼を外に向けた。
「たった一人が特別に思われるような世界なんてどこにも無いんです」
 近くにあった椅子を引き、それを足場にして内側に向いたまま窓枠に腰掛けた。
「危ないですよ」
「大丈夫ですよ」
 私は今にも落ちそうな体勢の彼女に手を差し伸べたが、彼女はそう切り捨てるように言ってその手を取ろうとはしてくれなかった。それでも私は手を差し伸べたまま黙って彼女をまっすぐ見つめていた。やがて彼女はいつものようにくすりと笑うと、私の手を勢いよく叩き落とした。
「一人を特別になんて思っちゃダメなんですよ」
「どうしてですか?」
「その代償に多くを失う可能性があるからです」
「いつからそんな保守的になったんですか?」
「いつからでしょう、前からかもしれません」
 こんな自虐的な彼女を見るのは初めてだ。私は落とされた手をどうすることも出来ず、ただ呆然と彼女を見つめるしかなかった。
 彼女はこちらを見ることも無く、ただ悲しい笑みを顔に貼り付けたまま夕暮れに染まった外の世界を眺めていた。外から吹き込む風が彼女の髪をさらうように揺らし、その表情を隠していく。
「私は」
 彼女はこちらを向かなかった。
「私は貴方を特別だと思ってますよ」
 その時の彼女は確かに笑っていた。わずかに見えた口元が緩く笑みを浮かべている。
 そのまま彼女も何も口に出さなかった。微かに響く、時を刻む秒針の声がやたらと耳に痛く感じる。先程よりも一層茜に染まった空は教室まで飲み込んで私達の世界を奪っていく。
「先生?」
 こちらに向き直ってくれた彼女は、今まで誰にも見せたことの無いような満面の笑みを浮かべていた。
「羊飼いは嘘を付くものですよ」
 そのまま、ゆっくりと、後ろへ倒れこんで行く。まるで演舞でも見ているかのような美しい瞬間だった。
 彼女の姿が世界から消えると同時に窓から伸ばしたこの手を、彼女は。
2008-04-01 [Tue]
 彼は彼女を好きだといった。

 僕は聞き返した。

 嘘であってほしかった。

 あの二人のどこに、僕が付け入る隙があるというのだろうか。

 彼は本を閉じて、立ち上がった。

 きっと彼女の元へ行くのだろう。


 振り返って、彼は言った。

「先生、でも僕は貴方達二人に付け入ることは出来ませんよ」
2008-03-28 [Fri]
「ねぇ、兄さん」
「何だ望」
「どうしても見合いで結婚しなければいけないのかな……?」
「いや、正直その必要はないって言うかこれは父上や倫が遊びたいだけだろう確実に。ところで望」
「何?」
「俺達も眼を合わせちゃいけないのか……?」
「多分って言うか絶対ダメだよ、私の前でヤンキー男が二人連れて行かれたし」
「背中合わせに喋るって言うのも微妙だな」
「仕方ないよ、後……何時間?」
「二時間」
「うわ微妙だ……気力が尽きそう」
「頑張れ望後少し。それにしても」
「それにしても?」
「今回はわりとまともに見合いの儀じゃないか?何かやたら女だらけだったような」
「言われてみれば……いつもはこんなにまともじゃないのに……まさか父様が本気で?」
「……いや、違う、倫だ」
「倫が?どうして」
「試してるんだろ、俺達の事」
「……試す」
「どれだけ俺達が本気なのか」
「……ああ」
「お前本当にあの娘の事好きか?」
「兄さんこそ。弟に喧嘩売るほど好きなの?」
「ああ好きだよこの丸眼鏡!」
「何だとやるかこの角眼鏡!」
「お前みたいにいちいち絶望して周りに迷惑かけるような奴に渡せるか!」
「お前こそ絶命って言われる度絶望してるじゃないか!!」
「黙れ!」
「言い出したのはお前だろ!?」
「……キリがない気がするな」
「……ないね」
「これだけは譲らないぞ望」
「こっちも譲る気ないよ兄さん」
「……あの娘倫に呼ばれて来てるんじゃないだろうか」
「多分来てるよ、絶対呼んでる、絶対監視カメラからニヤニヤしながら私達の様子を伺っているに違いありません!ああ、もう!絶望し」
「うるさい」
2008-03-28 [Fri]
 彼女が私の元を訪れたのは一週間程前の事だ。
 その日はちょうど梅雨に入ったとのニュースキャスターの言葉を反映するように、酷い雨が地面を叩き続ける音だけが辺りを満たしていた。
 彼女はその中を傘も差さずに歩いていた。
 午後が休診だったので、確か木曜日だった、と思う。いつもなら夕焼けで痛いほど朱く染まるくらいの時間だろうか、診療所には私一人だった。
 いつもこの時間には鍵をかけているはずの扉が開く音がしたので診察室を出て様子を伺うと、入り口にずぶ濡れになった彼女が立っていた。
「こんにちは絶命先生、とりあえずタオルを貸していただけますか?」
 ずぶ濡れになった身体で彼女は笑っていた。
 そのときから妙な違和感を感じていなかったと言えば嘘になる。ただそれがいつもの彼女のブラフなのかそれとも本当に何か起こっていたのか判断材料が一切なかったせいだ、それも言い訳なのだが、そのせいで私は気のせいと思い込む事にした。
 その日から毎日、彼女が訪れるようになった。
 どうせ暇なのだし、迷惑だなんて思ってもいないので追い返す理由もなく、いつの間にか茶飲み友達のようになって他愛もない話をして。
 次の日も。
 次の日も。
 会えば会う程、違和感が少しずつ大きくなって行った。

 そして、珍しく雨の降らない、乾ききった晴れの日だった。
 
「絶命先生、私、先生の事好きですよ?」
 鬱陶しいほどに叫んでいる蝉達に混じって、乾ききった声色で彼女は言った。それがあまりに白々しい嘘のように聞こえたので、思わず私は笑ってしまった。
「望じゃなくて?」 
「もちろんです。どうしてここに絶望先生が出てくるんですか」
「貴女の先生は望でしょう。それよりどうして私、ですか?」
「だって先生は優しいし、大人だし、綺麗だし、それに何より」
 診察台に腰掛けていた彼女は立ち上がり、私の眼の前に立ったと思うと、私の首に自らの腕を絡めて、そのまま、唇を。
「私の事好きでしょ?」
 耳元で囁いた彼女の声は妙に大人びた色香を放っていて、目の前にいるのが本当に彼女なのか疑いたくなる。
「綺麗な顔ですねぇ、二人ともよく似てる」
 そう言って泣きそうに笑いながら私の輪郭を白い指でなぞっていく。私はそれを遮る様にその手を取った。夏前なのにやたらと冷えた手が痛かった。
「好きですよ」
「私もですよ」
 本当に愛しい。取った白い手に口付けながら思わず口からこぼれた。
「愛していますよ」
「そうですか」
「抱きしめてもいいですか?」
「いいですよ」
「やっぱり泣いていたんですね」
 何か言いたげな彼女を遮って腕の中に押し込めた。

 何故あの日に限って雨が降っていたのか。
 何故あの日に限って鍵をかけ忘れてしまったのか。
 何故この日に限って私は自分を抑え切れなかったのか。

 君は私を通して誰を見ている?私によく似た、あの男を見ているのだろう?

 ああ、知っているよ、君が、私など。
 愛していない事なんて。
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