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世界の果てで枯れ果てた
先生と浦原さんと、あとオヤジ。
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2025-05-15 [Thu]
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2009-03-07 [Sat]
ぴちゃり、湿り気を帯びた生々しい咀嚼音が彼女の口から漏れ出す。こんなにも品良く食事をするような娘だったろうか、彼女は。やたらと美しい口許の白と紅が織り成すコントラストを呆然と眺めながらふと思った。
ぴちゃぴちゃ、くちゅり。小さな口から覗く鋭い刃の何と愛らしいことか。喰らい尽くすまで歯を立てて舌を這わせるなど余程空腹だったのだろう、それもそうだ、彼女がまともに食にありつけたのは実に三日振りだったはずだ。
「美味しいですか?」
指先を紅く染めてしまった彼女に白いハンカチを差し出した。彼女はそれを受けとると、何事もなかったように澄ました顔で汚れを拭い取る。
「不味いです」
「それは悪い事をしましたね」
不服そうに口を尖らせると食べ滓をぞんざいに放り投げた。転がった指先に面影は無い。どうやら不味くとも残すという選択肢は彼女の美学に反するようだ。
「カーミラじゃないんですから、私」
「そうは言っても私じゃ男はたぶらかせませんよ」
「何言ってるんですか、素質ありますよ先生には」
「なら頑張ってみましょうか、どんなのが食べたいですか?」
「美味しそうであれば何でも」
くすくすと笑う彼女は何よりも美しかった。一筋の光さえ射し込まない暗いこの部屋で輝いているのは彼女だけだ。私の役目は彼女の輝きを永遠のものにする事だ。
すっと白い指が私の首筋を這う。激しく生を叫ぶそこに爪を立てると鋭い痛みも快感となり全身を駆け抜けて行く。それはまるで癒しの女神の様で、小さな手に重ねた手は僅かに震えていた。
「まあ、もう食料の在庫はないですしね」
「あっという間でしたね」
「貴女は本当に良く食べる……まだ足りないんですか?」
「ええまあ。でも先生を食べるつもりはありませんから」
「食料の調達が出来なくなりますからね」
「そうですねそれに」
首筋から抜かれた指は紅く汚れていた。嗚呼自分はこんなにも汚れた生き物なのかと溜息が出そうだ。私が指先から視線を逸らしたのに気づいた彼女はにこにこと笑みを浮かべると、指先を綺麗に舐め取った。ねっとりとした緩慢な動きを魅せる舌先が妙に嫌らしく見える。不意に顎を捕まれて口唇を甘噛みされた。口内には彼女の何よりも愛する鉄錆の味が広がる。
「不味いですから」
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2008-10-09 [Thu]
先生、と彼女が紡ぐ音が私の全てだった。




光を失ったこの眼の代わりに神は私に音を下さった。それは人の呼吸する音であり鼓動であり私の全てであった。
ある春の朝、神は私に神託を下した。

―――貴方は私の物です、先生。

私には神が何を仰っているのか理解が出来なかった。この屑の様な頭では当然の事だ。
神託からどれだけの時間が経ったのか分からない。ぽつり、と遠くで雨粒の落ちる音が私の耳に届いた。
「雨ですか」
春雨ですね、神は濁った声で仰った。しとしと、しとしと。どこか私の知らないところで雨は降り続ける。

先生、と神の口が音を紡いだ。神の紡ぐ音が私の世界の全てだった。
2008-09-27 [Sat]
私は昔から不器用な子供だった。どのくらい不器用かと言うと、縫い物をする際は必ず布地と自分の人差し指をしっかりと縫い付けてしまうくらいに不器用だった。
それは小学生になっても中学生になっても果てや高校生になった今でも克服出来ず、縫い物はおろか料理の際にも火傷をしたり細かい切り傷を作ったりとこまめに発揮されている。
そして今日もまたそうだ。宿直室で料理をする私の手際の悪さをあの人は笑う。私が済ました振りをして弁解すると、焦り狂った手元が塩の入った小瓶をひっくり返してしまう。そしてまたあの人は笑う。私にはそれが悔しくて恥ずかしくて仕方なかった。
そんな私が、何故ぬいぐるみを作ろうなどと思い立ったのかは分からない。気づけば私は古い箱に整えられた裁縫道具を取り出していた。銀色にとがった針の末尾に細い白糸を通す。
通らない。通らない。通らない。通ら……先端の突き刺さった指先から真っ赤な鮮血がぽつり、細く一筋流れ落ちた。色の無い木綿は簡単に緋色に染まっていく。どこかに糸通しがあったはずだ。
斑になった糸をようやく通し終えると、ぱっくりと裂かれた口の端に針先を射し込んだ。柔らかな素材にゆっくりとのめり込んでいく感覚が妙に心地よかった。
この行為はどちらかと言うと修理に当たるのかもしれない。切り裂いたその箇所から、使い古して朽ちてしまった人形の傷んだワタを取り出して、新しいワタを詰め込んで糸でしっかりと蓋をする。たったそれだけの行為だというのに、不器用な私は何度も何度も自分を傷つけてしまうのだ。浅く深く、時には抉るように傷は増えていく。最後の針を通し終えた頃には指先は爛れたようにぼろぼろで、いたるところに血が滲んでしまっていた。
完成した、ぬいぐるみ。私だけの、大事な、ぬいぐるみ。私は奇妙な愛しさを覚えて、自分の身体よりも大きなそれをそっと抱き寄せた。ほんのりと暖かいそれは思った以上に軽かった。
私は昔から不器用な子供だった。それは小学生になっても中学生になっても果てや高校生になった今でも克服出来ず、こんな愛し方しか出来ない私が悔しくて恥ずかしくて仕方なかった。
2008-09-12 [Fri]
さよなら、さよなら、夕焼けの公園で少女は笑った。夕日を背にして立つ僕の向かい側で、最後の微笑みを浮かべながら小さな声で何かを歌う。
ミルクとコーヒー、カップをカチャリ、ターンしてダンス。まるで何かの小説のようだった。
「お別れ、ですね」
震える声でそれだけ言うのがやっとだった。彼女の前ではもう何度も泣いていると言うのに最後の涙は流してはいけない気がして、私はぐっと唇を噛んで耐える。微笑む少女の顔を真っ赤に夕陽が照らし出す。少女からは逆光となり、私の表情が見えないのがせめてもの救いだった。
「お別れなんかじゃありません。私達は確かに一度離れますが、もう一度逢えるんですよ?それで悲しみなんか全部チャラです」
そして少女はまた笑う。あの日その小さな手を握って街を飛び出してからもう半年が過ぎ去ろうとしていた。逃げ出したはずの運命は容赦なく彼女を襲い、すべてを飲み込んで無に還そうとする。
「先生、先生、笑ってください笑って笑って?あははははは、どうして悲しむことがあるんですかふふふふもう一度逢えるんですよ私達あはははははは」
あはははは、ははは、ふふふ。笑いながら彼女の身体はゆっくりと崩れ落ちていく。華奢な背中が地面に吸い込まれた瞬間、ピタリと笑い声が止み、彼女の最初の命がそこで途切れたのだと私は悟った。まだ温もりが残る身体を抱き抱えればやたらと軽く、まるで魂だけ抜けて眠りに落ちた人間のようだった。
人間、だった。
「もう一度、逢えたらチャラですよね、悲しみも、痛みも、全部」
人間の貴女とはもう二度と逢えないけれど、それでも。手にとったライダーマンの右手がうねりをあげる。横たわる少女の眼が見開かれた瞬間、私はその首に刃を振り下ろした。
2008-09-04 [Thu]
 らんらんらん、るんるんるん。世界って何て楽しいんだろう。らんらんらん、るんるんるん、うふふ、うふふ。楽しいなぁ、楽しいなぁ。今日は部屋でゆっくり遊ぼうか、明日は外に出てみようか、明後日は……もう先はなさそうだから考えないでいいや。
 もうすぐ私の世界は終わって、私ではない私の世界が始まっていく。人間を超越して生まれ変われるこの体の事を考えるとひどく幸せになれた。
「そんなに幸せになれるものなの」
 一週間ぶりに訪ねて来た彼女がそんな事を言い出した。この子はまだニアデスハピネス期には到達しておらず、やがて来るであろう一時的な死を恐れながら、死ぬ事も出来ずに残された日々を生きている。
「すごくね、幸せ。死ぬのにね、幸せなんだよ」
「……死んだらその先になにもないじゃない」
「違うんだ、アンタもそのうち解るよ。死んで生き返って、またぐちゃぐちゃに殺されて死ぬ。本当は先生に殺してほしかったんだけどもう無理だしね」
 窓枠に外を向いて座った彼女の爪先に引っかけていた草履がころんと地面に落ちた。私の好きな人は、学校で初めてこの騒ぎか起きた次の日、慣れ親しんだこの街からたった一人、愛しい女の子の手を引いて姿を消した。選んで貰えなかったのはすごく悲しかったけど、どうしようもないことはわかっている。
「まだ和服なんだね」
 いなくなってしまったあの人と同じような格好をするなんて、今の私ならそれだけで幸せになれるけど。
「私は最後まであの人と一緒だもの」
「あはは、泣きそうだよまといちゃん? でもいつか全部全部幸せに思える日が来るから大丈夫なんだよ、私ここにいるだけで幸せになれるもん」
「……バカじゃないの……」
 馬鹿かもしれない。けど私は確かに幸せなんだ。今はいなくなったあの人に殺されるあの子の事を考えると、少しだけ悲しくなるんだけど。
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